日本財団 図書館


「障害者スポーツ」をめぐる日英比較

日本福祉大学 藤田紀昭

 

社会が育てた「自立心」

1998年8月から1年間、障害者スポーツ研究のために、イングランド中央部にあるラフバラ大学に滞在した。イギリスの障害者スポーツ事情を日本の状況と比較しつつ報告してみたい。

当地で生活するようになって、まず気がついたことは街で見かける障害のある人(手動・電動車いす利用者、知的障害、視覚障害のある人など)、あるいは車いすを利用する高齢者の多さである。日本に比べて古い建物や道路が多く、必ずしも彼らに心地よい造りにはなっていないにもかかわらずである。「うちにいたんじゃ友だちにも会えないし、買い物もできないじゃない」という声が聞かれた。彼らは自立しているのである。自立して生活するためには、街に出て行かなくてはならない。逆に街のハード面が良くなったからといって障害のある人が町に出てくるとは限らないのだ。

障害者スポーツの場においても彼らの旺盛な自立心を見ることができる。たとえば、ノッチンガムで行われた障害者のためのスポーツキャンプには、電動車いすを利用している重度障害者も多く参加していた。が、彼らの親が一緒に付いてくるということはなく、ボランティアの助けを借りつつ、1週間にもおよぶキャンプ生活、そして、スポーツを楽しんでいた。

チームやクラブの運営も非常に自立的だ。障害を持つ選手たち自身がチーム(クラブ)を運営するための資金を企業などから集めて、自分たちで運営する。一人ひとりが主体的にクラブ運営に携わり、スポーツを楽しむ、というイギリスにおけるクラブの伝統を感じずにはいられなかった。

 

[さまざまなスポーツプログラム]

さて、イギリスでも日本と同じく、様々な障害者スポーツイベントが行なわれている。車いすホッケーや、ボールス、テーブルクリケットなど日本ではなじみのない種目も多くあり、その多様性には驚かされる。なかでも、障害を持つ子どものためのプログラムは、日本よりも数段充実している。

昨年3月、障害者スポーツ発祥の地ストーク・マンデヴィル・スポーツセンターで、障害のある子どものためのスポーツ体験プログラムが行なわれた。日頃、スポーツに触れることの少ない子どもたちに、学校を卒業してからも続けられる種目を体験してもらい、生涯スポーツにつなげようとする試みである。ここではパラリンピックにもつながる種目が採用され、その種目の一流選手が指導する形でプログラムが展開されていた。スポーツヘの社会化の視点から見ても意義のあるもので、日本でも行なってみたいプログラムの一つだ。

ユース・スポーツ・トラスト(Youth Sport Trust)という組織と活動についても触れておきたい。これはイギリスのすべての子どもたちに、より良質なスポーツプログラムを提供しようという趣旨で、1994年に設立された組織である。子どもたちの発育・発達段階にあわせた運動・スポーツプログラムを提供できるように企図されており、障害のある子どももその対象となっている。このプログラムの中には、学校や地域でスポーツ活動を行うときに障害のある子どもがいる場合の対処の仕方、もちろん見学させたりするのではく、参加させるための方法が説明されている。教師や地域スポーツ指導者への講習会も行っている。そうした指導者のもとで、子どもたちは学校体育や、地域スポーツに参加している。「統合」という観点から見て、注目すべきブログラムであると思う。

003-1.gif

車いすフェンシングの説明を受ける子供たち

 

 

障害者スポーツ、これだけは知っておきたい「用語」集

本質をとらえやすい英語表現

日本体育大学 野村一路

 

長野パラリンピック以降、何らかの障害のある人々が参加するスポーツ大会の報道を目にする機会が増えてきた。一見、わが国でも障害のある人のスポーツ参加について理解が深まっているように思えるが、まだ十分とはいえないのが現状のようだ。ここではこの分野で使われる用語の解説を兼ねて、障害のある人も含めたスポーツがどうあるべきか考えてみたい。

 

「ハンディキャップ」はスポーツ用語

近年、米国では障害のある人を"People with Disabilities"と表現している。"people"が先にあることに注目してほしい。そこには、あくまでもはじめに人ありきとする"People First"という考え方がある。つまり個が尊重されているのだ。その意味で、私は「障害者」とは呼ばず、「何らかの障害のある人」と表現している。

また、"handicap"が使われていないことにも注意が必要だ。ハンディキャップとは社会的不利益があるということで障害を示す言葉ではない。麻痺や損傷があることはインペアメント(Impairment)であり、それによる運動機能障害などをディスアビリティ(Disability)と言う。先般、本学の招きで来日した、セラピューティック・レクリエーション分野の権威、トーマス・グシケン博士(米国ウィスコンシン州立大学ラクロス校教授)は、「ハンディキャップはゴルフなどのスポーツにしか使われない言葉」とさえ表現している。

 

「障害者スポーツ」という誤った言葉

何らかの障害があっても、用具やルールを工夫すればどんなスポーツもできるものだ。障害がある人がするスポーツを「障害者スポーツ」と呼ぶのであれば、すべてのスポーツがそうであると言うべきだろう。いわゆる障害者スポーツは、障害のある人にもできるよう、工夫や配慮をしたスポーツと言う意味でアダプテッド・スポーツ(Adapted Sport)と表現するのが好ましい。スポーツに人を合わせるのではなく、実践する人にスポーツを適応(Adapt)させるという意味だ。

スポーツヘの参加も含めて障害のある人が社会参加していくことをインテグレーション(lntegration)と言い、その必要性が叫ばれてきた。今ではさらに、これまで障害のある人だけが実践していた種目に障害のない人も参加し、共にインテグレイトされるというリバース・インテグレーション (Reverse lntegration)という考え方や実践の場も多く見られるようになった。車いすバスケットボールやチェアスキー、ゴールボールなどは誰にでもできて、スポーツ種目として純粋に楽しいものだと評価されてきているからである。

 

スポーツを変えるユニバーサルデザイン

ここ数年、特に注目されている概念のひとつにユニバーサルデザインがある。誰かに合わせた物作りではなく、全ての人々が使うことを前提に物作りをする考え方に基づいているが、現在は物だけでなく、様々なシステムや地域計画にまで影響を与えている。

スポーツにとってもこの考え方は大変重要なテーマである。全ての人が気軽にスポーツを楽しめる環境を整えること。それこそが、これからのスポーツ振興に求められるのではないだろうか。Sports for all実現には、誰かのためにスポーツはあるのではなく、身体的な機能が衰えている人(こうしたことのみを捉えて高齢者とくくるのは失礼な話であろう)や何らかの障害がある人だけでなく、幼児や高齢者も「当然利用する」ことを前提にしたスポーツ施設のデザインやリニューアルと、各種のスポーツを誰にでも提供できる(もしくは工夫や配慮を積極的に行う)指導者がまずもって必要だと思われる。スポーツはもともと、人種を超え、国家を超えて広がったユニバーサルなものだ。スポーツの変容性は無限であると確信している。

 

関連サイト

 

国際パラリンピック委員会(lPC)

http://www.paralympic.org/

 

003-2.gif

 

パラリンピックの競技種目の紹介や記録はもちろん、パラリンピック以外のスポーツのイベントスケジュールも完備しています。障害者のスポーツを統括する団体だけあって、その情報はしっかりしています。各競技の世界記録なども調べられるようになりつつあります。

あなたの記録と比べてみては?(すべて英語です。)

 

Sydney Olympics

http://www.australia.or.jp/olympics/

 

003-3.gif

 

オーストラリア政府観光局、オーストラリア大使館、豪日交流基金などが提供するサイト。オリンピックやパラリンピックの紹介はもちろんのこと、オーストラリア全般の情報も充実しています。この機会にオーストラリア旅行もいいなとお考えの方は是非チェックしてみてください。ところで3匹のマスコットの名前、ご存知ですか?

 

(財)日本障害者スポーツ協会

http://www.jsad.or.jp/

 

003-4.gif

 

名称から「身体」を取り去って、障害者のスポーツ全般を統括することになった団体です。イベントカレンダーや関係サイトのリンク、指導者向け情報などなかなかの充実ぶり。他にも昨年設立された日本パラリンピック委員会やパラリンピック議員連盟のことも紹介されていますしシドニーに向けて、今年の注目サイトのひとつですね。

 

 

 

前ページ   目次へ   次ページ

 






日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION