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稲作水系における水生昆虫の生息場所の保全に関する研究

石井実・馬場直人・向井康夫・橋本泰明

(大阪府立大学農学部応用昆虫学研究室)

 

緒言

 

湿地はかつては不毛の地と考えられ、開発の対象となって減少してきたが(河野、1998)、多様な生物の生活環境であり、水質浄化作用や遊水・治水機能といった環境の安定化作用、さらには人に安らぎをもたらすなどさまざまな機能が明らかになるにつれ、その価値が見直されるようになった(角野、1998)。しかし、現実には現在でも自然湿地は減少を続けており、それにともない湿地に生息する水生昆虫を含む多くの生物が絶滅の危機に瀕している(石井ら、1993;角野、1998)。「日本の絶滅のおそれのある野生生物-無脊椎動物編」(環境庁、1991)によると、絶滅危惧種と危急種にリストアップされた昆虫類38種のうち18種が湿地に生息する種である。

このように水生昆虫の生息場所が減少していく中で、水田、水路、ため池などからなる伝統的な稲作水系が注目されはじめた(石井ら、1993;守山、1997;上田、1998;日比ほか、1998;中川、1999など)。洪水の多いわが国では、河川の周囲に後背湿地が発達し、稲作の普及とともにそれらは水田へと姿を変えていったが、そこに生息していた生物は稲作水系に入り込み、人間の生活と長い間調和を保ってきたと考えられる(守山、1997)。しかし、やがて人力主体の伝統的農法から農薬散布や大型機械の使用をともなう近代的農法に変わり、その調和が崩壊することにより多くの生物が衰退の経過をたどりはじめている(守山、1997)。

こうしたなかで、高知県の中村市では、トンボ類の保護を目的に、放棄水田を利用したトンボ公園づくりが進められるなど(杉村、1996)、湿地のビオトープの保全、復元活動が盛んになりつつある。さらに、原生的な自然ばかりでなく、二次的な自然の重要性も叫ばれるようになり、農耕地を含む里山の保全活動も活発になりつつある(石井ら、1993;守山、1997;鷲谷、1997)。

しかし、現在でも休耕田や放棄水田は増加し続けており、特に維持管理に多大な労力を必要とする中山間地ではその傾向が著しい(農水省、1990)。そこで、本研究では、今後の止水性昆虫の保護方法を検討するうえで必要な情報を得るために、実際に周囲で稲作が行われている山間部の休耕田と市街地の緑地にため池を造成し、そこに成立する水生昆虫群集について調査を行った。

なお、本文にはいるに先立ち、御指導・御助言を賜った大阪府立大学農学部応用昆虫学研究室の広渡俊哉助教授、平井規央助手に深く感謝の意を表する。また折にふれ、御助言・御協力をいただいた大阪府北部農と緑の総合事務所池田分室技師の石井亘氏、初芝富田林高等学校教諭の小林幸司氏、農林水産省神戸植物防疫所の金田猛氏および応用昆虫学研究室の諸氏に感謝申し上げる。

 

 

 

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