4. 密度逆転チェック
水温・塩分の測定値そのもののエラーチェックには、対象とする海域で正常と考えられる値の範囲をあらかじめ設定しておき、データがその範囲内にあるかどうかを調べるレンジチェックが広く用いられる。また、水温・塩分の鉛直傾度についても同様の範囲設定を行ってレンジチェックが行われている。World Ocean Database 1998(WOD98)(Ocean Climate Laboratory, NODC, 1998)では、赤道域を除く北太平洋全域を対象に範囲設定を行っているが、海域を限定し、例えば和歌山水試が観測対象としている紀伊半島沖については、この設定値は広すぎて明らかなタイプミスの発見以外には余り役に立たない(これによって発見されたエラーは、われわれの解析では、1個だけであった)。MIRCとしては、海域をその特性に応じて区切り、より高度のレンジチェックを行うことを計画している。
水温・塩分が統計的な考察を加えて導かれているのに対し、密度に関しての扱いは、WOD98においても、異なった考え方のもとでなされている。深度とともに密度値が減少するような力学的に不安定な成層が観測されることは、通常の条件では先ず起こらないと考えられるので、密度が深さと共に減少する場合にのみに閾(しきい)値が与えられている。400db以深では、観測精度最終桁の最小単位(四捨五入等の操作から出る見かけ上の密度逆転は許容する)として、σθの単位で-0.001が選ばれている。ただし、これは密度の傾度ではなく、上下に隣り合う2つの観測層での観測値の差に対するものである。400db以浅では、表層の観測には精度の高い観測機器が必ずしも使用されないことを考慮しているようで、一桁以上大きな値、50db〜400dbの深度での閾値を-0.02とし、0〜50dbの深度では-0.03としている。この深度は比較された2つの層の深い方の深度である。ごく表層の閾値を大きく取っているのは、0db層の水温観測が、一般に棒状温度計によっているため、測定精度が悪いことも考慮されているようである。
和歌山水試の観測データについて、このWOD98の方式に従って密度傾度チェックを行った。1963年から1995年までのデータについて、その間で密度逆転が生じた観測層ペアの生起頻度を年毎に示したものがFig. 7である。この図で、薄くハッチを施したものが、 0 m(0db)の観測値と次の観測層の間に密度逆転が見られたもので、濃いハッチの部分は 0 m層を含まない観測層の間に見出されたものを示す。ちなみに、この図で面白いのは、研究体制および測定機器の改善が、密度逆転層の発生頻度に明確に現れていることである。先ず、 0 mを含まないペアでのエラーの発生数が、1970年以前に比べ1971年から激減していることが分かる。これは1970年8月にAuto-Lab社のサリノメータが導入されたことによるものである。