津村(1963)やKAWABE(1980)は日本沿岸の水位の変化特性を論じて、その変化特性がかなり広い範囲で共通性があり、日本沿岸を幾つかのブロックに分けることができることを示している。それによると油津から串本までが1つのブロックを形成しており、浦神から油壷までが別のブロックを成している。このような広範囲に水位変動特性に共通性が生じる原因については明らかにされていないが、このことはそれぞれのブロックの範囲にまたがる沖合に共通する何らかの海況変動が存在することを示唆している。以上に論じてきた黒潮大蛇行の直前での都井岬から潮岬に至る「引き伸ばされた蛇行」あるいは「黒潮流路の離岸」はそのような広範囲な海況変動の1つと考えられる。黒潮の大蛇行を論じる際、指標とされる串本・浦神間の水位差と並んで、広範囲の水位特性にも注目して論じられるべきであろう。増沢(1965)は、潮岬を通過ずる小蛇行の全てが大蛇行を起こさないことを指摘しているが、大蛇行を引き起こす条件として、ここで述べたような大蛇行に匹敵する水平スケールを持った現象の関与を考えるのは自然であろう。
4. 紀伊水道沖に存在する低気圧性の渦―紀伊水道で発生する新しい小蛇行の発生と発達と関連―
従来、大蛇行の発生は、東進してきた小蛇行が潮岬を通過した後に急速に成長することによるとされてきた。しかし、上に述べたように、1986年および1989年の事例では、大蛇行発生の直前に紀伊水道沖での新しい小蛇行の発生(あるいは切離)が起こり、それが紀伊水道沖で急速に発達し、潮岬を通過した後、さらに発達すると考える方が自然である。この紀伊水道沖での渦の切離と発達には、黒潮が直進路を取っている場合に恒常的に存在するらしい紀伊水道内の低気圧性の渦が関連していることが示唆される。紀伊水道内あるいはその沖合いに、冷水渦がかなり恒常的に存在するらしいことは古くから知られている(竹内:personal communication)。しかし、紀伊水道内での和歌山県水産試験場を初めとする各機関の定期観測測点密度がこの渦を明確に捉えるのには不十分で、この渦の存在・消長に関する研究は今までにも殆ど行われていない。
第5管区海上保安本部水路部では「土佐湾及び紀伊水道南方海域における沿岸流観測」と銘打って、ADCPを用いた流れの平面分布を求める観測を1997年8月から開始している。この観測は年4回実施される予定で、第1回目が8月20―22日に実施された。残念なことに第2回目の観測は悪天候のため、観測は土佐湾内部にのみ限られた。この第1回の観測結果(水深10 m層での流速分布)をFig. 10 に示す。この時期の黒潮は直進路を取っていたが、紀伊水道内の低気圧性の渦が見事に捉えられている。この状況が一般性を持つかどうかは今後の観測資料の蓄積を待たなければならない。第5管区の観測計画は、2年間とされているが、より長期の観測が望まれる。