特別講演
生物資源の永続的利用と伊勢湾の環境
鈴木 輝明 (愛知県水産試験場漁場改善研究室長)
三河湾を含む伊勢湾では70種類以上の魚種が漁獲されており、のり養殖を除き19種類の多種多様な漁業が周年操業されている。主たる漁業種類は浮魚を対象としたパッチ網・巻き網と、底生魚介類を対象とする小型底曳網であり、愛知県の平成9年度の漁獲統計では引き回し船曳網は宮城、岩手、兵庫につぎ第4位、小型底曳網は北海道に次ぎ、第2位の漁獲量を揚げている。中でも底曳の主たる漁獲物の一つであるアサリは伊勢湾で操業する愛知県と三重県のアサリ漁獲量を合計すると全国漁獲量の40%にも相当する。比較的狭い漁場面積で全国有数の漁獲量を揚げる漁業操業例は全国にも例を見ない。
この伊勢湾の生物資源の豊かさ、特に底生性生物の豊かさは、大河川の流入と、それにより形成された千潟や藻場を含む浅場の存在といった地形的特徴に深く関連している。
木曽三川をはじめとする大流量の河川群は豊かな栄養塩を湾に供給するとともに、これらの淡水流入によって惹起される密度流循環も湾下層の豊かな栄養塩を常時光合成層に供給するため、常に高い基礎生産が維持される。さらに、干潟を含む浅場においては、これら生産された水中の植物プランクトンや底表面の付着藻類が効率的に底生生物に移送・転換され、豊かな底生生物群集が育まれ、且つ光条件が好適に維持されるため藻場の形成が促される。藻場は産卵場や幼稚仔の保育場であり有用水産生物の再生産過程において必須な場となる。
干潟を含む浅場に生息する二枚貝類や多毛類のような大型底生生物は、水中の有機懸濁物や沈降した有機物を摂食活動によって効率的に除去する。一方、それらの代謝過程から生ずる無機態の栄養塩類は底泥表面に付着する微小藻類や、アマモ等に効率よく吸収・固定される。底泥中のバクテリアによる脱窒も無視できない。このような浅場における栄養物質の特徴的な循環過程は、富栄養化によって悪化傾向にある内湾の水質を生物にとって良好な状態に維持している。特に溶存酸素を消費する懸濁物質の除去や新生産の抑制は底層における溶存酸素の消費を抑制するのに大きく貢献しており、水質浄化機能として評価されている。
この水質浄化機能の大きさを定量的に評価する試みは近年増加しているが、著者らが行った三河湾の一色千潟(約10km2)を対象とした観測事例を紹介する。
著者らは一色千潟の一部において各態栄養塩や植物プランクトン密度の分布を6時間程度の間隔で4回観測し、その時間変化から観測海域(1.65km2)における物質の1日あたりの収支をボックスモデル法により計算した(図1)。
クロロフィルaは沖合から入ってくる純流入量(27.6?/日)の92%にあたる25.4kg/日(0.7?/m2/時間)が千潟上で消失し、同様に懸濁態有機窒素も純流入量(164?N/日)と殆ど同じ量の165?N/日(4.2?/m2/時間)が千潟上で消失する結果となっている。溶存態総窒素は逆に千潟上で131?N/日(3.3?/m2/時間)が生成しており、総窒素では34kgN/日(0.9?/m2/時間)が消失している。
従って、この時の懸濁態窒素除去機能は4.2?/m2/時間、総窒素除去機能は0.9?/m2/時間と算出された。
この干潟域の持つ水質浄化機能を経済的に評価する試みもおこない、次のような試算結果となった。
まず、千潟域の海水ろ過速度の大きさを評価するため三河湾の物理的な海水交換速度と対比した。
三河湾の成層期は密度流循環が卓越し、それに基づく海水交換速度が求められており、最も海水交換の良い北風の条件で2,600m3/秒(夏の卓越風である南風の条件では1,600m3/秒)と計算されている。