水温上昇期には、古くに入った水は冷たく、最近に入った水は温かいので、水温のデータから海水の滞留時間:海峡から入ってきてからの時間(日齢)を算定することができる。
図10は6月初めにおける滞留時間(右)と酸素濃度(左)を示す。上段は水深20mの値であり、下段は底上1mの値である。伊良湖水道は、定義により滞留時間0である。湾の中央部の底層には、滞留時間50日の古い水塊がある。
ここで、滞留時間50日というのは、6月初めから50日前、つまり4月10日に海峡から流入した海水が、そのまま周囲と混じり合わないでそこにいるという意味ではない。ここにはそれ以前に入った海水成分も、以後に入った海水成分もあるが、それらの平均値が50日ということである。ここで表されている滞留時間は"平均"滞留時間である。
図10に対応する滞留時間と酸素濃度の関係を図11に示す。滞留時間の増加に比例して酸素濃度は減少している。減少速度は一日あたり0.05mg/1である。貧酸素水塊の作られる場所、水塊の形状を決めているのは、酸素消費速度の場所的な違い(生物化学過程)とする説と、海水の滞留時間(物理過程)とする説があるが、この図は、酸素濃度分布のほとんど力物理過程(寄与率80%)で決まっていることを示している。
また図10は、海峡の混合水は、湾の東岸、知多半島にそって流入していることも示している。興味深いのは、湾奥部の海水が、湾中央部の海水よりもむしろ新しいということである。陸から流入する大量の汚濁負荷の影響を最初に受け、もっとも奥まった場所にあり、"きたない"と考えられている湾奥部の貧酸素化の程度が、湾中央部よりも軽いということには、この海域の海水が相対的に新しいということが寄与しているのであろう。湾奥にある滞留時間20日の海水は、伊良湖水道から湾奥までの距離(50km)を平均3cm/sの速度で動いて来たということになる。
湾中央を東西に横断する断面でみると図12のようになっている。エスチュアリー循環流の下層流入は知多半島側に集中して流れる(陰影部)。この東側への集中は、地球自転の効果によってひき起こされている。つまり、エスチュアリー循環流の下層流は、下層断面全体に広がっているわけではなく、流下方向に向かって右側に集中している。一方、下層の左側には停滞性の水塊ができ、これが貧酸素水塊となる。なお、上層については次章で述べる。