日本財団 図書館


この理念は、初めて緩和医療を学ぶ私にも理解することができました。漠然とイメージにしかなかったものが、理念と医療現場の実際を見て、なるほどと考えられるようになりました。

実際に緩和ケア病棟の現場に行き、理念に基づく実に多くのことを学びました。またそれと同時に、告知をほとんど行っていない病院にいる私にとって、自分の病気を知っている人たちの生の声を聞くことが、とても貴重な経験となりました。

 

かとう内科並木通り病院の実習の報告をします。

緩和ケアチームは患者、家族、看護婦、看護助手、医療ソーシャルワーカー、医師、作業理学療法士、栄養士、ボランティアなど様々な人たちにより構成されています。

これらの人たちが、あたかも患者を中心とした大きな家族のように感じました。その中でも特筆すべきは、ボランティアの人たちの役割の重要さです。ボランティアの人たちの力なくしては緩和ケア病棟運営は難しいとさえ思いました。いくらボランティア研修を受けたとはいえ、専門の知識のない人たちによって、患者は生きる希望を持ったり、慰められたり、日々癒されたりしています。患者と同じ、一般の市民としての目線で対応していることは、私たち看護婦にはできない分野です。ボランティアの人たちの数の多さにも驚きましたが、個人個人が自分のできることを考え、各グループが協力しながら患者の生活の質の向上のために頑張っていました。

また、カンファレンスなどは医師をはじめ医療ソーシャルワーカー、作業療法士も参加し、それぞれが情報を提供し、患者を全人的に考え、患者、家族にとって何が最良なことかを考えています。そんな中にあって「看護婦である私は、いったいどんな役割を果たせばよいのだろうか」ということを深く考えさせられました。看護婦は、日々、感性を磨き、また専門の知識を習得し、仕事をすることを要求されていると思います。これが緩和ケアチームにおける看護婦の役割だと実習が進むにつれ感じるようになりました。それは症状コントロールであったり、他の職種へのコーディネートであったり、チームカンファレンスに問題提起することであったり、じっくりと患者の話を聞くことかもしれません。

そのために他の職種の人と情報交換を密にし、その情報を共有し、いかにその人のことを全人的に考え、吟味し、必要なケアを提供できるかが重要なのだと今考えています。患者にとって、自分を癒してくれたり、問題を解決してくれるのはだれでもいいのだということも初めて気づきました。しかしその一番の担い手は看護婦であるということも心にとめ、明るく謙虚に患者と接していくことが大切だと考えるようになりました。この実習で、一人ひとりの患者をチームで医療することの大切さ、必要性を理解することができました。

 

次に患者を通して学んだことを説明します。

40歳の女性は、夫と11歳の子供がいます。肺がんで呼吸苦が常にあります。幼い子供のために部屋にミシンを入れ裁縫をしています。「それがあるから、毎朝起きられるのよ」と言って毎日裁縫をしていました。しかし子育ての考え方でご主人とくい違うものがあり、「心配で死ぬに死ねない」と訴えました。しかし自分が死んだ後、育ててもらわないといけないので、ご主人には強く言えないから、医師に間に入ってもらいたいと希望しました。しかし何度もチームカンファレンスで話し合い、これは夫婦できちんと話し合うことで、第三者が介入すべきではないという結論に達し、医師よりそのことが患者に話されました。患者は納得し、ご主人にそのことを話しスッキリしたようでした。

この患者により、辛い病状の中にも生きがいがあるということの大切さ、自分のことより遺される家族に対する心配や悔しい気持ち、夫婦だからこそ言えないことがあるということも知りました。

 

 

 

前ページ   目次へ   次ページ

 






日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION