和音ではなく、対位法的な旋律の絡み合いから、一つの音色による平面を作り出すところにベリオの個性が感じられる。「マネージュ」のユニゾンと終曲の「ノットゥルノ」は叙情的で、じつに美しい音楽だ。
ベリオ:作品番号第獣番(1951/70)
1951年に作曲され、70年に改訂されたこの室内楽作品の原題は《オーパス・ナンバー・ズー》、つまり直訳すると「作品番号動物園」となる。《作品番号第獣番》という訳を知ったとき、その翻訳者のセンスには脱帽した。このタイトルの生みの親は、今回の演奏で歌われる日本語の歌詞を作られた谷川俊太郎さんである。
「児童劇」という特殊なジャンルに属するこの作品はいわゆる木管五重奏曲で、5人の演奏家が自分の楽器を吹くかたわら、テキストを楽譜に指示されたリズムと抑揚で朗読する。内容はローダ・レヴァインによる寓話で、最初から順番に「いなかのおどり」「うま」「ねずみ」「ねことねこ」となっている。テキストの内容は日本語訳による演奏で聴いてもらうとして、おもしろいのは抑揚をつけた言葉が器楽のパートとポリフォニックに組み合わされていることだ。物語の言葉から「歌」(=音楽的な抑揚とリズム)を聴き取り、また、そのメロディを一種のポリフォニーへと織り上げていくというベリオの手法がよくあらわれている。さらに、器楽のパートは言葉が語っている状況を音で表現していて、描写的な部分もある。子どもばかりでなく、大人の心にも響く作品だ。
ベリオ:フォークソングズ(1964)
「民謡を扱っているとき、わたしはいつも発見のスリルを味わった…何度となく、民謡へもどるのは民謡と自分自身の音楽のアイディアに接点を持たせようと試みているからだ」と、ベリオは1985年のインタビューで語っている。管弦楽作品のコンサートでも紹介されたように、ベリオは自分のものであれ、他人のものであれ、過去の作品を編曲することを創造的なしごとだと考えている。そして、現代のまなざしで過去の音楽を注釈するという意味で、これは「注釈技法」と位置付けられてきた。規模こそ小さいものの、この《フォークソングズ》も民謡に基づく注釈技法の試みと言っていい。
この作品もキャシーのために作曲され、彼女がしゃべることのできるさまざまな言語の民謡が集められている。ケンタッキー生まれでクラシックの素養もあるフォークソングの歌手J.J.ナイルズが民謡風に書いた〈黒髪のひと〉と〈どうしてイエスは〉ではじまり、アルメニアやフランス、シチリアといった国々の民謡が続く。そのあと、ベリオのオリジナルが2曲(いずれも1949年にキャシーが学生だったころ、彼女のために書かれた歌)あって、〈理想の女〉はジェノヴァ、〈踊り〉はシチリアに伝承している作者不詳の詩を用いている。さらにナイチンゲールに寄せる哀しみの歌であるサルディニア民謡に続いて、カントルーブの《オーヴェルニュの歌》にもとづく〈女房持ちとは哀れなもの〉、〈紡ぎ女〉、そして最後はキャシーが78回転の古いロシアのレコードでみつけた〈アゼルバイジャンの恋の歌〉で締めくくられる。全11曲の歌曲集だ。
使われている楽器は7種類で、器楽パートはリズムも和声も、もちろん楽器の組み合わせも、民謡をなぞるのではなくて、それを生みだし歌いついできた国や社会をめぐるベリオの思いを表現している。つまり、それらの曲を聴いているとき、ベリオの心に湧き上がった感情や頭に浮かんだ想念を器楽パートへといわばフィードバックして、もとの曲といっしょに鳴らしているわけだ。そして、ここにはキャシーに対するベリオの思いも綴られている。結婚して14年、離婚まで2年足らずのころに書かれたこの曲集が、結婚や恋愛の歌ばかりなのも偶然ではなかろう。しかもベリオのオリジナル曲は、かつて2人が熱愛していた時代に作られた思い出の歌なのである。