今わかっているところでは、1780年の《弦楽五重奏曲》G.324が原曲で、第4楽章がいわゆる「帰営ラッパ」となっている。その後この楽章を取り出して、1797年の《ピアノ五重奏曲》G.409とあわせて編曲したのが、1799年の《ギター五重奏曲第9番》G.453(第4楽章が「帰営ラッパ」)。そしてさらに、第3楽章に「帰営ラッパ」を持つ《ピアノ五重奏曲》G.418もある。このあたりの相互関係は、まさにベリオの「タマネギ・シリーズ」を思わせる複雑さだ。
ベリオは、1975年に、スカラ座管弦楽団の演奏会のために、短い曲を書いてくれないかと頼まれ、この《マドリードの夜の帰営ラッパ》をオーケストラ用に編曲することを思い付いた。しかし、そこでいかにもベリオらしいのは、この曲の4つの異版を「重ねて」演奏するという、突拍子もないアイディアだ。彼は、あえてハーモニーの「クラッシュ(衝突)」を強調することによって、豊かな響きを生み出そうとした、と言っている。曲は、夜のマドリードの街を行進して行く兵隊たちを描写したもの。そのため、全体がシンメトリー(対称)になるよう構成されている。「pppp」で始まる8小節の序奏と24小節のテーマに、11の変奏が続く。第1、2、3変奏と進む間に、音の層はどんどん厚くなっていき、真ん中の第4、5、6、7変奏で、劇的な盛り上がりをみせる。そして第8、9、10変奏は、次第に遠ざかる隊列を表すように、冒頭の変奏を第3、2、1と逆にたどっていく。第11変奏はコーダ。「pppp」のパーカッションで、兵隊は夜霧に吸い込まれるように消えて行く。
楽器編成は、フルート3(第3奏者ピッコロ持替)、オーボエ2、コーラングレ、クラリネット2、バスクラリネット、ファゴット2、コントラファゴット、ホルン4、トランペット4、トロンボーン3、バス・テューバ、ティンパニ、パーカッション(小太鼓2、トライアングル、大太鼓)、ハープ、弦楽5部。
ベリオ:アルテルナティム〜クラリネット、ヴィオラとオーケストラのための(1997)
「アルテルナティム」というラテン語は、もともとキリスト教会で、聖歌隊と会衆が交互に歌うことを指していた。カトリック教会では、中世から、グレゴリオ聖歌を2つのグループが交互に歌う「アンティフォナ」(交唱)や、先唱者のソロに続いて合唱する「レスポンソリウム」(応唱)といった、「交互唱」の習慣があったが、プロテスタントのルター派教会などでも、コラール(賛美歌)を歌う時に、会衆、聖歌隊、オルガンが交互に演奏するという形式をとるようになった。長い歴史の間には、実に多様な歌い方が生まれたが、やがてそうした交互唱の聖歌やコラールを、器楽(オルガン)が代行するようになり、それにつれて、旋律を様々に変形させ編曲して演奏するようになっていった。
ベリオの《アルテルナティム》も、こうした昔の聖歌の演奏法を、あくまで「比喩的な意味で」参照しているという。この作品は、クラリネット、ヴィオラ、オーケストラのための二重協奏曲として書かれている。「音楽は、織物のように互いに交じりあう線でできていて、しかもその線の輪郭は、たえず変形されている。音楽の機能は、すべて2人のソリストが決める。彼らは、オーケストラと相互にかけあう。時には模倣的な音型で、時には主題的な音型で、また時にははっきりそれと認識できる形で――これらは、『かわるがわる』現われては、オーケストラのテクスチュアと沈黙の中に溶けこんでいく」。
この曲のもう一つの特徴は「音色」である。木管楽器のパートは、ところどころで「マルチフォニック」が指定されている。いずれも本来は単音しか出せない楽器だが、ここでは、特殊な指づかいや、息の圧力を微妙にコントロールして、「幻の」和音を鳴らさなければならない。いっぽう、弦の各パートには、普通と異なる調弦(スコルダトゥーラ)を施したソロがいる。また、ハーモニクスや、ボーイングの加減によっても「変則的な」音が生まれる。こうしたさまざまな音響が、波間に見え隠れするように、現われては消え、呼び交わしながら、複雑な織物を作り上げていく。
楽器編成は、フルート4(第4奏者ピッコロ持替)、オーボエ、クラリネット(Es)、クラリネット3、バスクラリネット、ソプラノ・サクソフォン、アルト・サクソフォン、ファゴット、ホルン、トランペット2、トロンボーン、バス・テューバ、弦楽5部。
1997年5月16日、ベリオの指揮、メイエのクラリネット、デジャルダンのヴィオラにより、アムステルダムのコンセルトヘボウで世界初演された。