(5) ベルーガ
ベルーガは低温に適応した鯨類であり、凍りかかった海水の下でも氷の裂け目を探しながら生き延びることができる。ベルーガの生息数は全世界で約100,000頭と見積もられており、非常にはっきりとした、いくつかの群を作っていることが確認されている。なかでも最大とみられる20,000頭規模の群が2つ存在し、これらはビューフォート海とハドソン湾に分布している。また、これよりやや少ない群が、アンガバ湾(Ungava Bay)とカンバーランド海峡(Cumberland Sound)を往復している。ベルーガの生息水域と季節による移動を、図1-16の下段に示した。近年、こうした生息場所にも狩猟や水質汚濁といった脅威が迫っている。
毎年夏にサマセット島に現れるベルーガが、一年の他の時期をどこで過ごしているのかは大きな謎である。飛行機や船でベルーガを追跡し、成功した生物学者は現在までいない。イギリス、ケンブリッジにある海産ほ乳類研究所(The Sea Mammal Research Unit in Cambridge)のT.Martinは「サマセット島付近のベルーガはバフィン島北端を通って東に向かい、海が凍り付く前にグリーンランド西岸に達すると考えられ、毎年、グリーンランド南沿岸にみられる大規模な加入がカナダから移動したものである」と推定している。
T.Martinとカナダ水産海洋省(Canada's Department of Fisheries and Oceans)のT.Smithは冬季のくじらの行動を追跡するため、夏期にカナダ沿岸において衛星発信機をくじらに装着し、これを解き明かそうとしている。この衛星用の発信機は、ベルーガの背部にナイロンピンで取り付けられる(図1-16)。
今回の実験ではサマセット島で取り付けられた発信機(15-footer)は86日間追跡し、最終的にその信号はバフィン湾で途絶えた。この結果、数頭のベルーガがグリーンランドに向かうことが確認された。発信機を取り付けられたベルーガは、サマセット島とプリンスオブウェールズ島の周辺をしばらく回遊し、その後確かにカナダのデボン島に沿ってグリーンランドに向かって東に泳ぎだした。しかし、バッテリーの寿命が予想以上に早く尽きてしまい、バフィン島を横切ってグリーンランドヘ向かう長旅については観察できなかった。
T.Martinと彼のチームは実験装置の電源部について再設計を行い、次のシーズンのベルーガの回遊調査では、カナダに面した北極海沿岸の西部で4頭、東部で5頭に発信機を装着する予定である。
ここで参照した文献はNational Geographicsの特集の1つで、約30ページにおよぶものだが、写真は多くあるものの、残念ながら装着方式についての記述はここに紹介した限りのものしか含まれていない。