○縄手
私たちの町は、この4月に、日本観光協会というところが主催しております優秀観光地づくり賞というコンクールで、その金賞・運輸大臣賞を受賞しました。それは単に足助屋敷とか、百年草という施設だけでなく、香嵐渓という自然豊かな風景もありますし、町並みという、古くからの伝統的なものもあり、こういう総合力が印象深く残ったのではないかというふうに思っております。
まず私どものまちづくり型観光といいますか、観光まちづくりといってもいいと思うのですけれども、4つほどの大きなキーワードがあると思っております。
まず一つは、香嵐渓というもみじで大変有名なところがあります。大正から昭和の初期に、その時期というのは多分日本中そうだと思うのですが、どこを見ても木しかないと思います。そういう中で、あえて森林公園をつくろうということで、住民運動で公園を整備しました。これがその後、足助がまちづくりに取り組んできた、大きなバックボーンになっている第一の要因だと思っております。
それから、町並み保存ということが昭和50年代から起こってきます。当時は、隣に豊田市という大きな自動車産業の街がありまして、豊田が先端のことをやっていくのだったら、足助はもっと反対のことをやっていかないと自分たちの個性というのは光らないということで、真剣に考えます。そこで出てきたキーワードが、保存こそ開発だということで、まちづくりに取り組んできました。これが第2のキーワードです。
それから、3つ目はすぐその後に三州足助屋敷という施設をつくりました。これは昭和30年代まで町の中にあった、一般に我々は手仕事と呼んでいるものを一堂に集めて、お年寄たちの働く場と、地域の文化を生かした観光的な施設にはできないだろうかということで、足助屋敷をつくったわけです。
それから、4つ目が、これは平成2年に福祉センター百年草というものをつくりました。大体福祉施設というのは、一般的には税金で維持していく施設でありますけれども、これも、ランニングコストくらいは自前で何とかならないだろうかと考えます。まずお年寄たちも生涯現役ということで、働く場をつくらなければならないのではないかということがあります。それからもっと外からもいろいろな人が来て、そこの施設を利用し、一緒に語らいの輪ができないだろうかと、そういういろいろなものを仕掛けを考えていくわけです。やがてZiZi工房というお年寄たちがハムをつくる工房ができました。次はおばあさんたちの働く場もいるだろうということで、バーバラはうす、そんな酒落たネーミングのパン工房をつくりました。
中には口の悪い人は、「これは福祉施設ではない。観光施設だ」と言われますけれども、そのコンセンサスというのは、福祉も観光も要は基本はホスピタリティ、もてなしの心を持つことだと、そういうことに心が一致していれば、福祉であろうと観光であろうとかまわないじゃないかということが、この福祉センター百年草の基本的な考えです。
まちづくりというのは多分ドラマをつくるシナリオと一緒でありまして、やはり主役がいれば、脇役がどうしてもいります。我々観光協会の仕事というのは、そういう脇役をどういうふうにつくりあげていくかという仕事を、香嵐渓などの管理を通して今、やっているつもりです。