現在のフランスでは、高齢者は、むしろ生活費にゆとりがあるというイメージの方が強い。大半のフランス人は職業生活より私生活を重視するので、日本で「退職したらどうしよう」という不安と同じくらいの頻度で聞かれるのは、「早く引退生活を楽しみたい」という声なのである。
しかし毎日がヴァカンスというフランスの退職者生活のイメージに、数年前から急に影が見えてきた感がある。ベビーブーム世代が高齢者となる時期が迫ってきたために、数年後からは極度の高齢社会が出現するという危機感が芽生えてきたからである。
1999年2月に行われたアンケート調査(IFOP)では、回答者の75%が、現在の年金のレベルを将来も維持することは不可能だろうとみている。一般の人々の不安は、年金制度が今までより不利な条件で支給されるようになるという問題のみに向けられているといえよう。高齢者に対する社会福祉医療の方は、国内総生産の3割が社会保護として使われるフランスでは、いくら国家の財政が困窮してもないがしろにされるとは考えられないからであろう。
高齢者が激増する時代は目前に迫ってきた。フランス政府の厚生担当官は、アクションをとるには5年の猶予しかないと発言している。最後に、今後のフランスの高齢者福祉医療対策として最も大きな課題について触れたい。
(1) 老齢年金制度の危機
フランスの社会保障制度は1980年代から深刻な赤字財政となっている。政府が様々な赤字財政立て直し改革が試みる中で、1995年に社会保障制度は最高赤字の674億フランを記録したが、その後は徐々に赤字幅は少なくはなった。しかし1999年5月の社会保障制度会計委員会の発表では52億フランの赤字となっている(1998年の赤字は169億フラン)。
社会保障制度の赤字財政は医療部門の赤字が膨大なことが原因となっているが、ベビーブーム世代が高齢となる時期には、老齢部門の赤字が大きな問題になると見られている。老齢年金を受給できる60歳以上人口は、1998年から2040年までに約1,000万人増加すると予測されているからである。しかも平均寿命が長くなったために、老齢年金支給期間も長くなった。1910年生まれの男性は、平均10年間年金を受給していたが、1970年生まれの男性は20年間くらい年金を受給するであろう。
しかしベビーブーム世代では出生率が低下したために、老齢年金を捻出する就業人口の保証が難しい。現在は就業者層(20-59歳)10人に対して4人の年金受給者層(60歳以上)の割合であるが(1998年)、この割合は2020年には10対5、2040年には10対7になると見られている。失業率を3%と楽観的に仮定した場合でも(1998年の就業人口に対する失業率は12%)、年金支給総額が国内総生産に占める割合は、2040年には17.8%となる(1998年は12.1%)。