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「たとえば恋人同士が一時間も長電話をして、何を話していたのかと思えばその用件が『明日の七時に東京タワーの下で待ち合わせしよう』だけだったりすることがありますね。これはどういうことだと思いますか?」

いきなり原島さんから難問が飛んできた。「それは、コミュニケーションを取るということは単に情報を伝え合っているだけでなく相手とつながっているという感覚を求める、つまり感性的な意味が大きいということなんですよ」

なるほど、言いたいことを伝えるだけならば気を使う必要はないし、またどんな言い方でも文法的に間違いなく伝えることで済むのなら、用件をメモ書きして渡せばいい。しかし、内容をいかにして相手の感性に訴えるか、相手に対する思いを込められるか、実はこれがコミュニケーションのもっとも大切な柱なのである。

そのために必要なのは言葉だけではない。アメリカの行動学者を中心に、人がコミュニケーションによって受け取る情報のうち言葉そのものから得る部分は約三〇%に過ぎず、残りの約七〇%はそれ以外の発音(イントネーション)やいいよどみ、さらには表情や身振り手振りなどの非言語(言語に付随する要素)から得るという説がある。意図して発する言語よりも、むしろその周囲にあるイントネーションや表情に多量の情報が含まれるというのである。

NTTコミュニケーション科学基礎研究所メディア情報部では、一〇年にわたってイントネーションやいいよどみに関する研究をしている。なるべく幅広い年齢層の被験者に、ある話題をいろいろな場面設定で話してもらい、その時の音の波形に表れるパターンを研究しているのだが、なんと恐ろしいことに相手との親密さまで波形に出るのだそうだ。さらに担当の川森雅仁さんによれば、機械の合成で流した平坦な言葉より実際の人間の声でイントネーションがはっきりしている場合の方が意図がはっきりと伝わるという。

そして顔。日本人はよく表情が乏しいといわれるが、原島さんによれば、そう見えるのは、一つは皮ふが厚く平面的な構造上表情が出にくいせい、もう一つは微妙な表情の変化に意味を持たせるという文化を持っているせいだという。

 

 

 

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