だが、もし今、自分が辞めてしまったら、自分がそうだったように、また一から苦労しなければならない人がいる。その思いが長尾さんを踏みとどまらせた。そして、この状況を打破しなければと、九二年には司法通訳人協会を設立。今日まで、会長として、通訳同士のネットワークづくりや技術向上、後継者養成のために奔走してきた。
「ここ数年、私たちが声を上げたり、国際シンポジウムを開いて外国の状況を紹介してきたことで、各言語の法律用語対訳集や法廷通訳人のためのハンドブックが作られるなど、最高裁や法務省の姿勢もずい分変わってきました。でも、欧米の現状に比べればまだまだシステムが整っているとはいえない。ですから、今後は適切な研修プログラムで通訳人を養成し、通訳を依頼するのにふさわしいかを実質的にチェックする資格制度をつくり、今まで認識されてこなかった“法廷通訳”という職業を確立して、プロフェッショナルを養成していかなければと考えています」
司法通訳トレーニングセミナーには、法廷通訳人をめざす多くの人が参加。
(写真下)法廷通訳人育成のために、さまざまな資料も作成している
やりがいのある仕事を得たおかげで、素晴らしい人生になった
長尾さんが初めて法廷通訳を務めてから一五年。この歳月を悩み苦しみながらも外国人裁判の通訳の充実に取り組んできたおかげで、彼女自身の人生もまた、大きく変わった。そして今、長尾さんはきっぱりと言う。「いつ、死んでも悔いのないくらい、充実した人生になりました」と。「よく、学生たちに言うんですが、私のこれまでの人生は棚ぼた(棚からぼた餅)人生だと。