いま、電気の完全導体である金属体を考えて、その物体が半径rの球であったとする。そこへ、距離Rにあるレーダーからの電波が入射したとすると、完全な球体の鏡に平行光線が入射したときのことを考えれば分かるとおり、このような球形の鏡は四周に均一に光を反射するが、それと同じように金属球も、四周に均一にレーダー電波を反射する。しかし、レーダーで受信するこの球からの反射波は、レーダーの方向に戻ってくるごく一部の反射波に限定される。また、この球をレーダーの方向から見た断面積は、レーダーがどの方向に当たっても常にπr2である。
レーダー電波のうち、何らかの物体からの反射波がレーダーで受信をされる式は、(8・12)に示すレーダー方程式である。このレーダー方程式の中にあるレーダー断面積σは、その物体による反射波の性質を、上述のような完全導体の球に置きかえて考えたときに同じ反射波が得られる球の断面積として表される。例えば、3cm波のレーダーで、一辺が30cmの鉄板がレーダーの空中線に正対して置かれていたとする。面積Aの平面に電波が垂直に入射したときのこの平面のレーダー断面積σは、
σ=4πA2/λ2
であることが知られている。いま、A=30×30(cm2)であるので、このσはσ≒1.13×106(cm2)となり、これは半径6mの球の断面積に相当する。
その代わり、この平面がちょっとでも傾けばσ=0となる。ただし、これは電波を幾何光学的に考えたときで、実際はこのような平板は若干の指向性をもって電波を反射するので、少しぐらい傾いてもレーダーの方向にその電波を反射する性質を持っている。このように、ある特定の反射体はその面積と比べて非常に大きなレーダー断面積を持つことが可能であり、次節で扱うレーダー反射器はこの性質を利用したものと考えればよい。
一般に大型船のような複雑な構造をもった物体は球体ほど均一ではないが、四周に電波を反射する性質を持っているので、このような複雑な形の金属体は、レーダーの方向から見た断面積に近いレーダー断面積を持つと考えればよい。しかし、船体の一部の面がレーダーに正対したときには異常に大きなレーダー断面積となることもあるので、このような複雑な物体は、その反射方向によってレーダー断面積が指向特性を持っている。これに対し、木造船のように電波エネルギーの一部しか反射をしない物体は、その反射波の比率に応じてレーダー断面積が小さくなる。