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なお、探題は興福寺僧のなかでも長官たる別当のみに許される重役であった。別当は門跡より任命され、その門跡は藤原摂関家の中より選任されることとなっていたが、探題の勤めであるこれら夢見や影向戸の作法は、春日明神に対する祭祀として藤原氏の氏人たる門跡にのみ許される秘儀であったわけで、祝いの御幣とは対照的に、秘匿するかのように御幣を箱内に収めるのは、それが秘儀であったが故であろう。

短尺箱に収められる二本の御幣は、長さ二十センチほどのささやかなものであるが、ここに奈良仏教以来の南都ならではの神仏習合の歴史が秘められているのである。

 

◎四神供―東大寺のお水取りにおける精霊供養◎

 

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4]東大寺お水取り 大中臣祓(天狗寄せ・植田英介撮影)

 

古代以来、奈良において興福寺とその威勢を競った東大寺の最大の法会といえば、やはり「お水取り」であろう。元来は二月に行われることより正式には「修二会(しゆにえ)」と呼ばれるこの行事は、国家安穏、五穀豊穣等を祈願する年頭の行事で、その中核となる儀式は本尊十一面観音に対して罪障を懺悔する「悔過(けか)」にあるが、また多くの修二会と同様、神名帳が奉読されて、鎮守八幡をはじめとする全国の神々が会場である二月堂に勧請される。

本尊前には壇供として莫大な数の餅が供えられるから、招かれざる神々や、神と呼ぶには位の低い精霊たちも集まってくる。これらの中には、練行衆の行法に妨げをなしたり、疫病等の災いをもたらす悪霊・邪神がおり、こうした悪鬼・邪霊の堂内への侵入を防ぎ、同時に諸善神・菩薩等を勧請するための結界作法が行われる。この結界作法は、主として密教的な行法を司る咒師(しゅし)によって行われるが、その際、御幣が重要な役割を果す。

たとえば咒師は、お水取り初日の前日二月二十八日の夕刻には「大中臣祓(おおなかとみのはらえ)」を黙誦し、御幣を振りながら二月堂の外周と他の練行衆に対する祓を行う。

 

 

 

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