財団法人日本ナショナルトラストからのメッセージ
これからの日本……岩本龍人
ひとつの時代が終わろうとしています。昨今の経済困難は、かって高度成長をもたらした原因そのものが引き起こしていることは今や自明ですが、私は巷間言われている理由に次の三つを加えたいと思います。一つは、日本が歴史や外国に学ぶ謙虚さを無くしたこと。二つ目は、日本人が文化を大事にしなかったこと。三つ目は、日本政府が観光産業の経済に与える影響の大きさに気が付かなかったことだと思います。
一昨年になりますが、ブタペスト、プラハ、ブラチスラバを初めて旅行しまして大変ショックを受けました。町がとてもきれいで、想像していたよりはるかに豊かそうでした。10世紀から現代までの建物が実に良く調和がとれていて、また建物が装飾を施され、それぞれの個性を主張しつつ全体の町並みにしっとりと溶け込む素晴らしい都市でした。豪華さや絢爛さはありませんが全体がまるで一つの芸術品のようでした。町と町を繋いでいる田園も、のびのびとして美しく、この年ブタペストに二〇〇〇万人、プラハに一六〇〇万人を超える観光客が訪れた理由がよく解ります。翻って、日本の都市や農村の美しさはどうでしょう。かってイサベラ・バードがここはアルカディア(桃源郷)だと賛嘆した日本の田園はどこへ消えてしまったのでしょう。それにつけても豊かさとは何なのかとつくづく考えさせられました。一人当たりのGDPの数値がいくら高くとも、豊かさや文化を計る尺度としては全く当てにならない数値だなと東欧を旅して実感しました。
観光は光を見ると書きますが光とは文化のことであり、文化とはある意味で美しさだと思います。日本がこの閉塞感をうち破り、活力を取り戻し、高齢化と国際化の大波に立ち向かうには、従米方式の工業立国・貿易立国だけではとても無理で、海外から多くの旅行者を迎え総需要の拡大も計れる美しい国作りを進める観光文化立国政策がなにより重要だと考えます。日本に美しさを取り戻すため、今日明日のことも大切ですが、日本人はもう少し長い目―長い時間軸で物事に取り組む習慣や体制こそ一番必要なのかもしれません。
<(財)日本ナショナルトラスト理事>
【図書紹介】
日本の神々 谷川健一著
定価(本体660円+税)岩波新書
「私の神さまを全部吐き出すことができた。壮快だ」と著者。天つ神の紹介ではなく、天つ神に駆逐され、るざん凋落、流竄(るざん)された神を辿り、谷川民俗学の自然、人間、神の総体をここに見せてくれる。
【編集雑記】
◎アジアのブックデザイン界に常に新しい風を送り込んでいる杉浦康平さんのブックフェアが、青山ブックセンターの三店(青山本店・新宿ルミネII六本木店)で十月十五日から十一月末まで同時に開催される。杉浦さん自身の著書には『日本のかたち・アジアのカタチ』(三省堂)『かたち誕生』(NHK出版)の二冊がすでに刊行されている。さらに十一月までに二冊が上梓されるので、この機会に改めて杉浦さんの今日までの仕事が一堂に集められることになった。
◎店頭には、絶版となった貴重本や、杉浦さんの著書の韓国版、中国版なども並び、販売される。もちろん本誌のバックナンバーも並びますので、この機会にお求め下さい。
◎十一月中旬には、杉浦さんの講演会も予定されている。詳細はお問い合せ下さい。
青山ブックセンター本店(Tel.5485-5511)
六本木店(Tel.3479-0479)新宿ルミネII店(Tel.3340-2420)
◎今回、アジアの柱特集をお届けしますが、自然と文化33号でも「柱のダイナミズム(昇降する天つ神と地霊)」特集を組んでいます。心の御柱考―山本ひろ子、柱の習俗―飯島吉晴、諏訪御柱祭と木遣り―神野善治の方々が執筆しています。