入院中の経過(全入院期間:41日間)
第1期:入院から鎮静剤の開始までの時期(表2)
入院時、痛みについての看護婦の質問に対し、T氏は笑顔で「大丈夫じゃないのよ。でも我慢はいくらだってできるわ」と答えていた。疼痛コントロールのために医師が塩酸モルヒネの使用について説明すると「そんなものいりません」と断った。しかし、入院3日目、多量の不正出血があり、腹痛が増強し、本人から「モルヒネとかの痛み止めをやってもらわなきゃだめだ」との訴えもあり、塩酸モルヒネ10?を持続皮下注射で開始した。副作用として嘔気・嘔吐があり、フェンタネスト0.2?に変更し、制吐剤を併用したが著効なく「あー、かったるい。こんなにきついなんてね」と訴えた。医療者側は、T氏の様子から嘔吐による疲労、倦怠感やそれに伴う不安感が増大していると判断し、症状緩和目的で鎮静剤(ドルミカム10?)を追加した。この時点で、医療者側は、T氏の意識レベルが大きく変化することを予想せず、そのことをT氏にも特に伝えなかった。その後、T氏の同様の訴えは続いたが、薬の増量を希望することはなかった。
この時期は、第三者、つまり今回の場合は医療者になるが、「患者さんが辛そうに見えた」と判断し治療方針を決めていた時期と考えられる。
第2期:鎮静剤を増量し傾眠となった時期(表3)
オピオイド開始から9日目、「お腹が張って辛いのよ。助けて」と、いつものように笑顔で痛みの訴えがあった。医療者側は、腹腔内の腫瘍が増大し、腹痛と腹満苦が強くなっているだろうと判断し、ドルミカムを15?、そして30?へと増量していった。翌日からT氏は傾眠傾向となり、食事以外は眠っているようになった。数日後T氏に、眠気について尋ねると「食べて寝るだけなんて人間らしくないわね」という返事が返ってきた。2日おきに面会に来ていた長女は「話ができずに寂しい。薬を減らしてほしい」と泣いて訴えた。
T氏は発病時から強い自分の意志を持ち続け、入院時にもはっきりと意志を医療者に伝えてきた。プライマリーナースは、T氏の意志とこの傾眠の現状とにズレがあるように感じ、コメディカルスタッフを含むチームミーティングで取り上げた。ミーティングでは、薬を減量することで苦痛が増強する可能性もあるのなら、あえて減量する必要はない、減量したからといって意識が回復する可能性は低い、とそれぞれの立場から意見が出た。しかし、T氏が入院時に示した、痛み止めを増やしてほしい時は自分で言うという意向を尊重するためと、意識レベルが低下しながらも「人間らしくない」という意志がスタッフに伝えられたために、鎮静剤を減量することにした。