しかしこれらは日本人からみた日系人像であり、文化同一性の視点からみると、彼らが自分自身について、文化あるいは民族的に、いかなる意識をもっているかが重要である。かれらは結婚相手あるいは自分の子供の結婚相手として、日系人であることにこだわっていない。しかし日系人とは母国人でかつ日本人という考えが過半数を占めている。これは自分のことを母国人と思うが半数を占めた設問gと矛盾した結果になっている。つまり、日系人として意識したときには、母国でも日本でも異邦人的側面をもつことが自覚されると思われる。
日系人に特有な文化の存在を肯定し、次世代に伝えたいと考えている日系人が半数を占めていることは、母国と日本の文化を統合した新たな日系人文化の同一性10)の存在を示唆している。だが一方では、あるが伝える必要はないと、なく伝える必要がないを合わせると3割近くにも達しており、日系人文化の重要性を認めない人もいる。日系二世に比べて三世の方が日系人文化の存在を否定する数が多い(図18)のは、文化そのものの独自性が失われつつある現代の一般的風潮なのか、あるいは文化の継承そのものに重要性を感じないのか今後の検討を要する。
F. 来日について
日系人のメンタルヘルスを考える上で、来日の動機や決定は重要な問題である。なぜなら一般的に、移住する場合、目的意識がはっきりしていて、移住を自ら決定した人ほど精神障害になる可能性が低いといわれているからである3)4)。今回の調査でも、日系ブラジル人の場合、目的はほとんどが出稼ぎであり、しかも自分の意志で来日した人が大半であった。
しかし、それにも関わらず、来日しない日系ブラジル人に比べると、出稼ぎをする日系ブラジル人には高い頻度での精神障害の存在が示唆される。ブラジルでの物価は日本のおよそ1/5であり、数年日本で働けば、母国で住宅や店を持つことが可能とされてきた。しかし、こういった経済原理優先のなかで、弱い立場にある子供や若年者が高いリスクに曝されることもわれわれの前回の調査8)では指摘されている。
V. おわりに
今回の調査で、今後改善すべき点がいくつか明らかになった。まず第1に、日系人の文化受容性や文化同一性を明確にするためには、文化受容質問票の質問項目が少なすぎ、正確な結果が得られにくい。第2に、日系人は仮定的な質問に答えるのが苦手なため、質問の仕方にも課題が残される。第3に、日系人といっても2世と3世では考え方や行動が異なる可能性があるので、両者を分けて考察する必要がありそうである。
この調査は、われわれ日本人の精神科医が、自らも日系ブラジル人である医師ないし研究協力者とともに、日系人と直接コミュニケーションをとりながら行うアンケートのため、この調査を利用して、日本でのメンタルヘルス上必要な精神医療情報を彼らに提供することができたし、また彼らの生活感覚に根ざした率直な悩みや訴えを聞くことも可能であった。