日本財団 図書館


長期雇用制は即ち、その時代の社会=経済(史)的背景に呼応しての断絶・再生をへて成立してきたものであり、今後も、制度的feasibilityに鑑みられながら再検討に付されることがあろう。しかし、この雇用的制度特性が伝統的な社会=経済的組織形態であり、歴史・文化的に規定されている社会構成員の労働=生活過程と不可分のシステムであることはいうまでもない。即ち、経済変動、経済環境変化の影響下、家族的経営⇒長期雇用制度と形を変えながらも、ゆるぎない経営組織の歴史=文化的規定要因が、日本の経営組織の根底に存在することは否定し難い。[歴史=文化的要因]また、終身(長期)雇用制批判の論拠は、雇用機会の流動化が確保されていない企業環境では、変化に迅速に適応したかたちでの人材(能力)確保が困難であるとの見解に求められることが多い。しかし一方で、雇用の流動化が必ずしも技術力、生産性の向上に繋がるものではないことが実証され8、また逆に、同一企業内での内部配置転換と効果的OJTが、既存の労働力の技術力の向上ならびに技能の多様化において有効に機能することが報告されている。9 [経済的要因]長期雇用を慣例とする生産環境は、その時々に必要な技術主導的人材をタイムリーに「接ぎ木的」に確保し、所謂epoch-makingな技術革新(product technologyにおける革新性)を頻発させるにおいては必ずしも理想的ではない反面、工場のラインなどの日々の生産における技術力の向上ならびに技能の多様化(production technologyにおける技術革新)には、極めて有効に作用するようである。また日本型雇用形態は、個々の企業構成員のindividual capabilityの発揮にむけた最適性よりも、組織的な総合能力、つまりはorganizational competenceの発揮により適合的なシステムであり、生産環境であるといえる。

トヨタ自動車の首脳陣(奥田社長[現会長]、山本副社長)は、終身(長期)雇用制は、長期的な教育訓練による熟練度の向上を可能にすると同時に、従業員の忠誠心も上がり、経営にプラスの側面が多いとの見解を示し、同制度の存続を理由にトヨタ自動車の"格付け"を低下させたムーディーズへの直訴を慣行すると発言した。10 更には、長期雇用制の終焉は、「雇用の安定」という、企業が果たしうる最も基本的な社会責務(或いは貢献)の遂行を、企業側が 「雇用機会流動化促進」という大義名分を楯に放棄することを正当化させることにもなりかねない。長期雇用制度が企業活動に齎す生産性・効率性、そして経営者の長期雇用制に対する意識などを考え合わせると、現在のところ、一部の制度的立ち遅れが謂われる産業分野 (e.g.,金融、保険など)、そして、product technologyの先端的技術革新が急務であるセクターを除いては、この雇用システムが急速に崩れ、欧米的(特にアメリカ的)「自由労働市場」化が日本において急速に進展することは考えにくい。

 

 

 

前ページ   目次へ   次ページ

 






日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION