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「音楽と戦争」

渡辺裕

 

「音楽と戦争」という言葉を聞くと、すぐに思い浮かぶ曲がある。『ウェリントンの勝利』と題されたベートーヴェンの曲である。ナポレオン軍によって占領されていたスペインに、ウェリントン率いるイギリス軍が助っ人に入ってナポレオン軍を追い払った、スペイン独立戦争を描いた作品である。いきなり小太鼓の連打と金管のファンファーレではじまったかと思うと、やがて大砲の音がドンパチ鳴り出し、最後にはイギリスの国歌が朗々と鳴り響くといった案配で、ちょうど、やはりナポレオンのロシア侵攻を題材にした、チャイコフスキーの『序曲1812年』の原型になった曲であると言うこともできるだろう。しかしこの曲、ベートーヴェンのものとしてはすこぶる評判がよろしくない。解説などにはしばしば、ベートーヴェンにとって名誉にならない曲だというようなことがあからさまに書かれているなど、完全に駄作扱いで、演奏される機会も少ない。こういう曲を前にするとわれわれはつい、これはベートーヴェンの作曲家としての本来の活動からは外れたものであって、彼はたぶん何らかの外的な事情に妥協してこういう不本意な曲を書いたのだろう、などと思ってしまいがちである。戦争だの国家意識高揚だのといったものに関わるなどということは芸術家の本筋からはかけ離れた行為だというわけである。だが、本当にそうなのだろうか。

実はこの曲は友人のヨーハン・ネポームク・メルツェルが自らの考案した「パンハルモニコン」と称する自動演奏楽器で演奏するためにベートーヴェンに依頼して書かせたものなのだが、ベートーヴェンはすぐにそれをオーケストラ用に編曲して1813年12月8日の演奏会で初演している。ところがこの演奏会たるや、ハーナウの戦いで負傷したオーストリアとバイエルンの兵士たちのためにメルツェルが企画した、きわめて政治色・軍事色の強いものであった。しかも驚いたことに、一般にはこういうキッチュまがいの曲とは一線を画する「まとも」な作品として認識されている第7交響曲も、この同じ演奏会で初演されているのである。

今日のわれわれは、『ウェリントン』の方は、『第7』という「まとも」な曲の付け足しで上演されたにすぎないとつい思いがちなのだが、事実はそうでもない。この演奏会の性格上当然と言えば当然なのだが、プログラムのメインにおかれたのはむしろ『ウェリントン』の方であったし、人々の反応は大変なものであった。そしてベートーヴェン自身もその後、パリ陥落やウィーン会議の開催といった機会があるごとにカンタータなどを作曲し、この手の曲を書くことに強い関心と意欲を示していたのであった。そうなってくると、この類の話は「まとも」な作曲家ベートーヴェンにとっては周縁的なエピソードにすぎないなどと言ってすましている訳にはいかなくなってくる。そういう目で見てみるならば、『エロイカ』をナポレオンに献呈しようと思っていたところが、ナポレオンが皇帝になったという話を聞いて激怒し、自筆稿に書かれていたナポレオンヘの献辞を消してしまったという、有名な逸話なども単なるエピソード以上のものにみえてくる。戦争とか国家意識高揚といった問題が絡んでいるのは、べつに『ウェリントン』のような特別な作品に限った話なのではなく、『エロイカ』のような「まとも」な作品だって決してそのような問題と無関係な「純粋な芸術作品」として存在しているというわけではない。

 

 

 

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