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もちろんこれまでそんな事はした事が無かったし、はたして自分にできるだろうか、と思ったのです。実習室に入って、自分の解剖させていただくご遺体の前に立った時、今まで考えていたのとは違うもっと基本的な衝撃を受けました。今、目の前にいる方々は、何か月か前までは生きて、生活して、何よりそれぞれにずっと培ってきた歴史があるということに、突然思いあたったのです。そして、自分の、親しい人が無くなったときのことを思い出しました。生きていらっしゃった時の事は知りませんし、ご家族の方々の悲しみには遠く及ばないと思いますが、肉親を失った様な、そんな感情がこみあげてきて、胸が詰まりました。

それまで解剖に対して、やり方についての、もしくはただの漠然たる不安しか抱いていなかったのが、ここにきて、具体的なものに変わりました、自分は、この献体してくださった方々の御遺志に答えられるだけの勉強ができるだろうか、という不安です。この方々は、確かに亡くなってしまってここにいらっしゃるけれども、だからといってこの方々の歴史は終わってしまったのではなく、自分達が、最後のその歴史の一端を担っているような責任を感じて、心が引き締まる思いでした。

今まで、私たちは、いろいろな方々に支えていただいて、今こうして勉強していられる環境にあるのだと思います。けれども、今までは、それは両親であり、先生であり、身近な人達ばかりだと思っていました。今回解剖実習を通して、そうではなく、こうして御献体下さった方々など、社会の中で、私たちを見守って下さっている、本当に様々な方々のおかげなのだと、しみじみ思いました。

 

 

 

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