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長かったような、短かったような、しかし非常に充実した四ヵ月間だった。

今でも実習最初の日、自分の班の解剖台にご遺体をのせた時のことをはっきりと覚えている。自分と同じ格好をしていながら、息をしていない人が自分の目の前にいる。四年前に祖母の死を看取ったときと同じ感覚におそわれた。怖いとかいう気持ちではないが、言葉にできないショックに似た感じだった。自分の死後、そのご遺体を医学生のために提供することの重大さを言葉ではなく、ご遺体そのものから教えられ、気を引き締めて実習に望もうと改めて思った。

実習は、やはり楽なものではなかった。とはいっても、どうしようもないほど苦しいものでもなかった。確かに試験の前や、体調のすぐれないときはきついこともあった。しかし、目の前で少しずつ明らかになってゆく人体の仕組み、その精巧さやむだの無さには、ある意味、神秘的なものを感じずにはいられなかった。また、いくら教科書を使って理解しようとしたところで、実際に見ることには遠く及ばないものであることにも気付かされた。まさに百聞は一見にしかずである。

自分が医学生であるという自覚も、さらに強くなった。いい言葉が見つからないが、解剖実習をできるのは医学生の特権である。看護学生の友人に、自分も解剖実習をしたかった。教科書だけではわからないこともある、と言われたとき、医学生は実習ができて幸運なのだと初めて気付いた。

 

 

 

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