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周りの友達が緑色の手術着を身にまとい、緑色の帽子に緑色のマスクで顔を完全に覆ってしまうと少なからぬ威圧感をも感じます。おまけに顔の部分は目しか見えていないので、誰が誰なのか分からなくなってしまい、しばらくの間右往左往しました。

それからメスをにぎる瞬間まで複雑な心境であったことを覚えています。御遺体は老齢の方でしたが、もし、自分の身内ならばどんな感じがするだろうと思い巡らしていたのです。幾つもの思いが交錯するなか、御遺体の御遺志がいかに崇高であり、かつ、重大なものであるかを繰り返し唱えることで自分の気持ちを引き締めました。

実際に解剖がはじまれば、僅か一ヶ月半ばの期間に二体もの御遺体を解剖させて頂くので、なかなか忙しいものでした。

しかし、血管や神経を同定する段階では時間をかけて慎重にやらないと、誤って目的のものを失ってしまいます。最初は作業がぎこちなく、十分な観察ができないまま終わってしまうこともありました。神経が白く、糸みたいなものやストローよりも太いものがあることは初めて知るところでした。また、動脈と神経、それから結合組織は見ただけではその区別が難しいのですが、慣れてくると、判別のコツを少しずつ会得していくのでした。そうして、うまく剖出できた血管や神経はどんなに細くても、その名前をすぐに覚えてしまうのです。これこそ解剖学実習のいいところなのでしよう。

 

 

 

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