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「私は一人の人間の死を礎に医師になるんだ」という新たな緊張感が生まれた。

また、ご遺体は私達に体全体で愛というものについて語ってくれた。「献体」これほど崇高にして偉大な人類愛の表現を目の当たりにして心を動かされない人間はいないであろう。人間だからできる愛の証し。人間にしかできない愛の証。目の前にはご遺体一人の体しかないが、目には見えないもっとたくさんの方々の支援で私は解剖学実習ができたのだということを忘れてはいけないと思う。特に御家族の気持ちを思うとそのご理解の深さに胸が熱くなるばかりだ。肉親を亡くされることだけでもう十分辛いことなのに、その体を見ず知らずの学生に切られてしまうなんて。ご家族の心情は、私の想像を越える辛さであろう。きっとご遺体の体には、ご家族をはじめたくさんの方々の愛もつまっている。こんな重たい愛のタスキを受け取って、私達はゴール目指して闘いに挑んでいく。どんな険しい道のりでも走るのをやめてはいけない。このタスキはわたしたち医学生と同じく、未来の医療に夢を託した同士から受け取ったものだからだ。同士の思いを無駄にしてはいけない。

医師になるという夢は、もう私一人の夢ではない。私には力強い支援者ができた。そしていつでも温かく見守っていてくれるだろう。挫折した時、一歩踏み出すのをためらっている時、ポンと背中をたたいてくれるだろう。

最後に、ご遺体に感謝の合掌を捧げます。

 

 

 

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