組織学的な観察から、8月にはすべての場所で大きな放卵・放精のピークは過ぎたと考えられることから、放卵・放精のために費やしたエネルギーの消耗が貪食能の低下の要因の1つと考えられる。そして、この時期最高水温に達すること、全体的に溶存酸素量が低下することが、本来寒冷種であるフランスガキにとって好適な条件ではなくなっていると考えられる。
昨年度の調査では、9月には、すべての地点で貪食率は上昇に転じた。しかし、今年度については、東名地先の値が著しく低いものであった。これは、この時期東名地先でのみ観測された塩分濃度の極端な低下が影響している可能性が高い。その後は、いずれの地点でも、水温の低下と同調するように貪食率も低下した。東名地先の値が低くなる傾向は10月まで観察された。
貪食指数は、貪食率ほど大きな変動を示さず、基本的には水温の変動に同調しているように考えられた。4つの調査地点のうち、舞根を除く3地点で7月の指数が最も高く、最高水温を示す8月、9月の方が低い理由については、貪食率の項で述べた放卵・放精の影響、あるいは至適水温の問題があるのかも知れない。8月以降は、すべての地点で漸減する傾向にあった
貪食能が個体の生理をどの程度反映しているのかについては、まだ十分明らかにされたとはいえないが、現時点では生理活性の高さと貪食能の強さは正比例するものと考えている。そして、今回は貪食を評価するためのパラメータとして、貪食率と貪食指数の2つを設定したのであるが、その理由はこの2つの要素の意味するところが異なっていると考えられるためである。すなわち、貪食率は貪食能を有する(あるいは発現している)血球の割合を示すものであり、個体の生理活性の高さを反映していると考えられる。一方の貪食指数は貪食能を発現している血球そのものの活性の高さを示す指標であるから、2つの値は必ずしも同調しないことがあり得ると考えられる。例えば、貪食率は低い値を示している、言い換えれば個体の生理活性は低い時期であるにもかかわらず、炎症を起こしているとか、処理を必要とする内的な異物が多い(放卵終了後の残存卵などが挙げられる)などの場合は、血球は強く活性化されて高い貪食指数を示すと考えられる。昨年度の研究では、12月の試料でこれに相当する結果がみられた。しかし、基本的には、フランスガキのような海産二枚貝は、他の水棲変温動物と同様に、水温などの環境要因の変化に敏感に反応して生理活性を調節していると考えられるから、貪食能の変動要因も主として環境要因であると考えた方が合理的である。この意味で、貪食能の測定は、環境を評価する基準の1つとなり得ることを示したと言える。