と申しますのは、タイは非常に大気汚染の激しい都市で、その前提となるのが、いわゆるバンコクの悪名高い道路渋滞でございますが、その中で、さらに高架鉄道をつくることによって、まずどれぐらい自動車交通量が減少するかよくわからない。一方で、騒音問題をはじめとして、高架鉄道にはいろんな環境問題が発生するというところで、またタイ政府はシュリンクしてしまったわけでございます。
そうこうしているうちに、日本で開発された軟弱地盤対策用の掘削工機というのが、技術開発をどんどん遂げまして、いまや、東京湾横断道路に見られますように、海の下でも掘り進められるというような技術がどんどん開発されてくるということで、1990年代に入ってからは、バンコクのこの軟弱地盤も地下鉄建設が可能ではないかという声が上がってきて、そこでまた、タイ政府としては方向転換を図ったわけでございます。
そこで、この20キロでございますが、その当時は、半分ぐらいは高架で、半分ぐらいは地下鉄で建設するという計画のもとで、一度民間企業を建設主体としてやる方式、いわゆるBOT方式で入札が行われました。ところが、その後、環境問題のほうが非常に大きく取りざたをされて、高架部分が半分もあるのはけしからんという声が、NGOを中心として挙げられました。そうこうする中で、当然ながら、地下鉄部分が大きくなるということは、建設コストがどんどん増大していくということでございますので、その環境問題と、それからプロジェクトの採算性との関係の中で、プロジェクトが一進一退しました。結局は、そのBOT方式で落札した企業が、自分の落札権を放棄するということに至って、一度このプロジェクトは雲散霧消するように見えたわけでございます。
ところが、ちょうど私が参りました1995年6月、その後8月に、まず総選挙が行われまして、また政権が変わった。その後、9月にタイ王室のほうから、バンコクのこの都市鉄道プロジェクトについて、キングのほうから、ある種クレームともとれるような発言があって、これがメディアを通じてタイ市民に伝えられたわけでございます。タイに一度行かれた方はご承知のとおりでございますが、バンコクにおいてキングというのは、絶大な権力を持っているというか、市民が非常に思慕して、いわば政治的な象徴としては、ほんとうに中心におられるという状況でございます。また各国の大使館も、バンコクの大使グループの中で中心的な役割をします日本大使も含めて、キングとの関係を非常に重視して動いております。その中で、キングからは、バンコクにおける鉄道プロジェクトの進みぐあいについて疑問が投げられたということで、当時、かなり内閣としては─当時バンハーン内閣という内閣だったんですが、動揺が起きまして、これは早く進めないといけないと。
ところが、一方でキングは、非常に環境問題についても厳しい見方をしておられる方でございますので、100%地下鉄でつくるしかないんじゃないかと。ところが、その財政的な基盤というのは、当時のタイ政府のどこを見ても見当たらないということから、即座に日本国大使館に、何とかしてくれないかという話が、大使のほうへ伝えられたわけでございます。その発言の次の次の日だったと思いますが、私ども、大使のかばん持ちで、バンハーン首相の執務している首相府に伺いました。当時、首相から直接言われましたのは、基本的に、この工事をするお金はない。タイ政府のほうで出そうと思っても出せない。したがって、ある程度、国債発行によって、面倒を見る部分はあるけれども、少なくとも6割は日本国政府で何とかしてくれないかと。ただし、運営については、何とかやっていきたいと思っている。ある意味で、運営についても、日本の技術協力をもらいたいが、運営については、何とか民間ポーションでやっていきたいと考えていると。ひいては、日本大使館に何をお願いしたいかというと、この地下鉄の整備スキームを新たにつくり直してくれないかということでございました。それも、1週間ぐらいで何とか閣議に持ち込みたいと考えているので、1週間ぐらいでみんなが納得するような案をつくって、もう一度首相のところに持ってこいと。そのときには、日本の経済協力というのを前提としてつくってもらいたいというご下命でございました。
大使のほうからも、地下鉄の建設というのをBOT方式でやるというのはいかがなものかと。これは、当時日本大使を務められた恩田大使も前々からの持論で、地下鉄で、これをBOT方式で持っていくというのは非常に難しいのではないかということで、ふだんから私にご下命がありました。例えば、日本の地下鉄の建設スキームで、全く純粋の民間企業でやっている例はあるかとか、または、地方における公営の地下鉄で、毎年どれぐらい赤字が発生するものなのかとか、または、その赤字をどうやって埋めて運営をしているのかとか、そういう財政スキームについては、前々からご関心があって、いろんなタイの高官にも紹介していたわけでございます。
その中で、我々としてはじめ悩んだのは、運営はどうしても民間企業にやらせたいということでございました。そこで、そのときの絵として書きましたのが、こちらの事業スキームでございます。建設は、国である首都圏高速鉄道公社、MRTAというところがやる。こちらの事業費については、60%を円借款で面倒を見る。そこで低利の、または長期の資金調達ができることを利用して、その分、そもそも想定される運賃から、その低利分を引いた分の運賃設定を前提として、コンセッショネアによって、当時、30年とか35年とか言ってました。結局は25年ぐらいになってしまいましたけれども、このMRTAのつくったトンネルを利用する権利を与えるという意味のコンセッションを民間企業に与えて、こちらがその運賃によって経営していくというスキーム。