日本財団 図書館


7

気候ジャンプと海洋底堆積物

-間氷期における気候安定性の検証と近未来予測-

 

多田隆治

東京大学大学院助教授

 

最終氷期に数百年〜数千年スケールで急激な気候変動が繰り返した事がグリーンランド氷床コアの解析により示され、その変動規模の大きき、急激さが注目された。この突然かつ急激な変動はダンスガード・サイクルと呼ばれる。そして、それが半球的な気候変動を反映する事が、サンタバーバラ海盆、日本海、インド洋などにおける深海掘削結果により明らかにされた。最終氷期に北米大陸の上に厚さ3kmに渡って発達していたローレンタイド氷床が、こうした急激な気候変動に連動して、くり返し崩壊した事も、北大西洋から掘削された海底堆積物コアの解析から明らかにされている。北大西洋高緯度域では、メキシコ湾流に運ばれて来た塩分の高い表層水が冷却される事によって、深層水が形成され、その深層水がベルトコンベアの様に世界の海洋深層を循環して熱輸送が行われている。ローレンタイド氷床などからの氷山の流出とこの深層水循環が連動している事も、北大西洋での掘削結果から明らかにされた。氷床崩壊と深層水循環のどちらが原因でどちらが結果かについては意見が別れるが、北半球氷床の成長・崩壊と深層水循環は密接に関係しており、深層水循環が、少なくとも変動をグローバルに伝播・増幅する役割を果たしている可能性が高い。また、こうした大陸氷床崩壊に伴うと考えられる〜20m規模の海水準変動が、ニューギニアの隆起珊瑚礁の研究から報告されている。海水準変動も、ダンスガード・サイクルの信号をグローバルに伝播・増幅する役割を果たしていた可能性がある。

では、こうした急激な気候変動は現在のような間氷期にも起こりうるのだろうか?もし起こりうるとすれば、その結果、地球環境ほどの様に変貌するのだろうか?グリーンランド氷床コアの酸素同位体比データについて後氷期、最終氷期、最終間氷期に分けたヒストグラムを見ると、後氷期が安定した一つの気候モードに留まっていたのに対し、最終氷期にはそれより1段階および2段階寒い2つのモードが、最終間氷期には後氷期と同じモードに加えて、1段階寒いモード、そして1段階暖かいモードが認められる。最終間氷期の記録が乱されているとしても、現在より1段階暖かい気候モード存在の可能性は高いのではないか?最終間氷期における急激な気候変動の確実な証拠は得られていない。しかし、最終間氷期前半の数千年間に現在より暖かい気候状態が存在した可能性は、様々な地質記録から示されている。例えば、最終間氷期の前半に、汎世界的海水準が現在より5〜6m高かった可能性が示されている。現在より5m高い海水準を説明する上で、西南極氷床がその有力候補と言われる。この問題の解決には、南極周辺海域における海底掘削が有効であろう。また、後氷期の気候は極めて安定していたと言われるが、グリーンランド氷床中の風成塵含有量は、後氷期においても数千年のタイムスケールで変動を繰り返しており、北大西洋高緯度域においてもこの変動に同調した氷山流出量の変動が報告されている。更に日本海においても、およそ2000年周期での対馬暖流の脈動が報告されている。これらの事実は、後氷期においても、数千年スケールでの気候変動が起こっていた可能性を強く示唆する。ただし、高緯度域における変動の振幅は、氷期に比べて著しく弱まっている。これに対し、中緯度の変動の振幅は余り弱まっていない様に見える。
もしこれが事実なら、数千年周期の変動の究極原因は中緯度あるいは低緯度域に存在するのかもしれない。そして、氷床の存在、および深層水循環とのカップリングによって初めて、半球的(あるいは全球的)な急激な気候変動に増幅されるのではないだろうか?

二酸化炭素放出による温室効果の増大など、地球表層システムへの人為的ストレスの増大が懸念される現在、間氷期における急激な気候変動の可能性を検証し、その実体を可能な限り具体的に明らかにする事は重要である。今後、過去の間氷期に現在より一段暖かい気候モードが存在した可能性を検証すると共に、そのモードへの遷移が急激であったか、モード間の気候ジャンプが繰り返したか、一段暖かい気候モードの世界がどの様だったか、と言った点を解明してゆく必要がある。その為には、高時間解像度で連続的な後期第四紀の気候記録を世界中の海域から深海底掘削により採取し、解析してゆくと共に、陸上の記録とより厳密に比較検討してゆく事が必要である。

 

 

 

前ページ   目次へ   次ページ

 






日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION