5
特別講演:生命の起源と地殻内微生物
海洋堆積物中の深部微生物
R.ジョン・パークス、ピーター・ウェルスバリー、イアンD.マザー、
バリーA.クラッグ、キム・グッドマン、ブリストル大学地球科学学科、英国
現在地球上のあちこちにおいて、地中に於ける活動的な微生物の存在が明らかにされつつある。微生物は普通の土壌中のみならず、玄武岩や花崗岩といった岩石中にまで広がっていることが分かっている。また陸域だけでなく海域においても、太平洋、大西洋、地中海の海洋堆積物の表層から深部に至るまで大量の微生物群が存在する。深さ500m(地球上の平均な堆積物の深さ)までの海洋堆積物中における生物量は、地表生物の約10%に相当する。これまでに採取された微生物のうち最も深い場所のものは842mである。堆積物中における微生物数は深さに伴ってそれほど急激には減少しないため、もっと深いところにも微生物は存在するはずである。深部堆積物から抽出されたDNAは一様に高い分子量を持っている。このことは、きちんと生育活動をしている無傷の微生物が堆積物中にいることを意味している。また16SrRNA遺伝子配列を分析した結果、堆積物中の微生物はかなり多様であることが分かっており、嫌気性として知られる微生物に特徴的な遺伝子配列に加え、分枝的に見てδ-プロテオバクテリアのそれに近いところで枝分かれした独自の遺伝子配列も見出されている。これら発見された多数種の遺伝子が示唆するとおり、堆積物からは実際に多数種の微生物が見つかっている。それらは培養され、わずかであるがいくつかの種については分離・純粋培養されている。そして純化された種については周りの環境、すなわち海底下の環境にうまく適応していることがわかっている(高圧下で活性化される発酵能力、鉄分を利用する能力など)。海洋堆積物中での微生物活動は、地球化学における物質反応プロセスの本質的な担い手であると考えられている。
微生物は高圧下(1000気圧以上)や高温下(113℃)でも生育する。すなわち海底下数キロメートルの深部においても、温度や圧力が大きすぎるので微生物が生存できないということはないはずである。よって、60℃以下では化学変化は生物が触媒となって起き、それ以上では熱変成によって起きるという「古典的」な区別の仕方はもはや適切ではないかも知れない。一方有機物は地中に埋没されると急速に分解されにくくなるので、微生物から見ると深部に行くに従って活動の糧となる有機物が少なくなることになる。従って842mという深部における微生物の存在はやはり驚くべきことであり、もしさらに深いところで微生物もしくは微生物のいた形跡が見つかるようなことがあれば正に驚異である。
海洋堆積物が堆積し、加熱されていく過程において微生物による反応プロセスがどういう影響を受けるかを調べるために実験室で加熱実験が行われる。この加熱実験とガスハイドレート域における微生物反応プロセスの解析によって、堆積物深部においても微生物反応が持続し得るような新しいメカニズムが示されている。ブレイクリッジのガスハイドレート域では、微生物の活動が深部(190〜445m)で促進されており、速度的には表層部における活動を超える。100m以深では低い分子量の揮発性脂肪酸濃度が増加し始め、深度と共に増加し続ける(深度691mで15mMを超える)。これは海洋堆積物が堆積し加熱される過程において、微生物が分解できる有機物が増えていくことを示しており、微生物活動は大きく促進される。ガスハイドレート域はメタン生成速度が大きく、地中の脂肪酸濃度は当然それに影響されるので、微生物活動を論じるには少し極端な例かもしれない。しかしもしハイドレート以外の堆積物中において、わずかであっても脂肪酸が増加していくような現象が起きるのであれば、活性微生物が海洋堆積物深部に広く分布することが説明できる。そして今見つかっているよりももっと高温で深い場所に生物圏があるかもしれない、その生物圏の中には最終的に化石燃料を生成するような化学変化を担っている微生物もいるかもしれないといった期待を我々に抱かせるのである。