事例2] 「上流からのお願い」
酒井秀幸 (武庫川ネットワーク代表)
片寄先生から大層な紹介をいただきまして、日ごろ人様の前でものを言うことに不慣れなものですから、紹介いただいたときからもう汗でびっしょりです。まことにお聞き苦しいかと思いますけれども、しばらくおつきあいをいただきたいと思います。
このごろ「親水」というか、「水に親しむ」という言葉がよく使われます。親水護岸であるとかいいます。水辺を見れば、走り寄りたいような水辺。そこには、私たちが日ごろの喧噪の中で忘れていた水の中の世界があります。よく見ればドジョウがいる、カワムツがいる、オイカワがいる。そういった魚が水の中で、ひとつの水の中の世界を作っている。そして、石ころひとつをひっくり返してよく見たら、さまざまな生き物がその石をよりどころに生きている。水の中には水の中の世界があります。水の中には水の中の生きた世界というか、そういったものがあるように思います。
私たちが日ごろの喧噪の中で忘れていたもの。それが、ふと水面をのぞき込んだときに、そういうものに出会います。そのときに、私たちは時の流れを忘れることがあります。水辺には私たちの心を休めるというか、癒す何かがあります。そういったものを、走りつづけてきた日本の性急な経済成長の中で、私たちは置き忘れてきたというか、忘れてきたように思うのです。今こそ水辺に立って、ときの流れを忘れるような水の中の世界を見るような、そういう環境をとり戻したいなと思います。
水の中には、川には川の文化があります。川の文化というように大上段に振りかぶって言うことのほどはないのですが、川には川の命がある。今日のレジュメにありますように、この川の姿、これは私たちが遠い先祖から見てきた、まさに山水の絵です。ご承知だと思いますが、深い山の中から湧き出た泉が流れをつくり、川の姿が一幅の掛け軸の中に描かれて、大海に臨む姿があります。それこそ川の民日本人、川の国日本人の私たちの心のふるさとであると思うのです。
そういう私たちの心の中にある川の姿が、今やまさに高度の経済成長の中で流れを直線化し、そして、川土手をコンクリートで固めた。雨粒一粒が、一時も早く海へ流れるようにした。それが今の近代河川工法です。しかしながら、遠い先祖から洪水に悩まされてきた私たちの暮らしの悲願とも言うべき治水の問題は、今の河川工法が見事に解決してくれましたけれども、大切な川の命まで失ってしまったような姿だと思います。
そういうときに、私は子どものころよく川で遊びました。むしろ川に遊んでもらって大きくなったということが私の記憶にあります。夏休みには朝から晩まで川で遊びましたし、川には私たちと遊んでくれるいろいろなものがありました。
そういったことから、私は有機農業を実践するうち、有機農業というのは無農薬、無化学肥料の、ただそれだけの農業ではなしに、全体の大きな自然の中で育まれた農業こそ有機農業だと感じ、そのときから川に関心を持つようになりました。
そして、私たちは「兵庫の川サミット」というものを提唱し、市川では「水の未来は人間の未来」というテーマをかかげたり、また、武庫川では「遊べる川を取り戻そう」というテーマでイベントをしました。
その延長線上で、今年も子どもたちを集めて、川遊びをいたしました。私たちの頭の中で考えたイベントは、1部と2部とに分け、1部では川の水生生物の勉強、川にはこういうものがいるという勉強をし、それから2部で川の遊びを教えよう、雑魚とりの技術も教えよう、いう計画でした。