政策論争レヴュー
財政赤字調整の政治経済学
日本の財政収支は、フロー・ベースでみてもストック・ベースでみても急速に悪化している。今回の深刻な景気の悪化を考慮すると、短期的には財政緩和策もやむをえないとの声も聞かれる。しかし、中期・長期的な視点からみると政府財政状況の悪化は単に経済的のみらず政治的および社会的な重要な問題をもっている。
日本の政府財政の大きな問題は、公共投資主導による財政支出の歪みと税制の歪みにあるが、問題はなぜこのような歪みが発生するのかということである。この点についての優れた先駆的論文としては、『アメリカン・エコノミック・レビュー』1990年3月号に掲載されたケネス・ロゴフ米UCバークリー教授の論文「均衡政治財政循環論」とグイード・タベリニ米UCLA教授およびアルバート・アレジナ米ハーバード大学教授の論文「財政赤字と投票」がある。前者は、政治家の「役得」と政治家が有権者に送る「合図:シグナル」に、後者は現役世代による将来の世代の意思決定に対する拘束度と両世代の意見の相違に注目し、一般的にいって政治的な不安定性が高まれば後の世代につけをまわす「負債政策」が採用されることを理論的に説明している。この理論からみれば、「公的負債」は政治的・社会的不安定性の尺度になる。
財政収支調整についての理論的・実証分析としては、アルバート・アレジナ教授、ロバート・ペロッティ米コロンビア大学教授およびホセ・タバレス米ハーバード大学教授の論文「財政収支調整の政治経済学」(『ブルッキングズ・ペイパーズ・オン・エコノミック・アクティビティ』1998年第1号)がある。この論文から、(1)成功した調整政策では公的部門の賃金や補助金等の移転への支出削減策がとられる、(2)成功した調整政策では生産要素でいう労働に対する増税策はとられていないし、増税が必要な場合は間接税および資本課税で行なう、(3)財政調整政策はすべて景気縮小効果をもっとはいえないし、公的部門の賃金および移転に対する支出削減策は景気拡大効果をもつ等の点を学ぶことができる。
これまでの理論的・実証分析から、財政赤字と財政調整政策が実施できないことは、その国が政治的・社会的に不安定だということを意味し、調整は増税というよりも支出削減を優先すべきだし、増税するにしてもそれは間接税および課税ベースの拡大等の資本課税で行なわれるべきであり、財政投融資等の不透明な財政制度は廃止すべきだということがわかる。『ビジネスウイーク』1999年2月15日号は、21世紀の破局は日本政府財政の破綻で始まるという記事を載せている。政策当局者の責任は重いといわざるをえない。
(服部彰/福岡大学商学部教授)
Intellectual Cabinet BOARD
●リーダー 香西泰
●サブリーダー 島田晴雄 竹中平蔵
●メンバー(50音順)
浅見泰司 池尾和人 伊藤隆敏 伊藤元重 岩田一政 浦田秀次郎 大田弘子 北岡伸一 榊原清則 篠原総一 清家篤 田中明彦 田村次朗 本間正明 船橋洋一 中馬宏之 吉田和男 若杉隆平
研究事業部から
税制改革に関する本財団の研究プロジェクトの研究結果がまとまりました。大阪大学の跡田直澄教授を中心とした「税制と企業行動」研究チームが1年間取り組んだ研究成果です。
跡田教授は、「急激な高齢化に対応し、日本の経済活力を維持するには税制・年金制度、特に企業税制の改革が急務だ」と強調しています。
また、この研究成果をもとに、現行の税制度に対する大胆な改革案が示されました。この改革案では経済の活性化と財政のサステイナビリティー(持続可能性)の両方を考慮したうえで、「企業の地方税負担の大幅な軽減」「厚生年金・基礎年金の抜本的改革」「連結納税制度の導入」「中小企業と新規参入企業への優遇税制」について具体的方法が提示されています。
今回の研究成果はワーキングペーパーおよび出版物などの形で発表する予定です。この成果が建設的な税制改革論議を喚起し、よりよい政策形成につながることを期待します。(T)