特集「不況」の時こそ、スポーツ振興の大チャンス!!
昭和48年末の第一次オイルショックの後、レジャーは不要不急とされ、それまでの金銭消費型から時間消費型に変わりました。
その結果、ジョギングを中心とする市民スポーツブームが生まれ、さらにこのスポーツブームを基盤に、やがてスポーツ産業が興ってきたのです。
当時と比ぶべくもない、長い不況のまっただ中にある現在、「ウォーキング」という新しいスポーツが静かなブームとなっています。
不況は、人々を立ち止まらせ、個人の生活を振り返らせる時間を与えるようです。
そして、最も優先すべきこととして生活の安定を考え、生活の基盤となる自分の健康にも留意するようになります。
巻にはウォーキングが流行し、フィットネス業界も元気です。
まさに、不況の時代こそ、人々がスポーツに目覚める好機なのかもしれません。
2つのケーススタディから、この仮説を裏付けてみましょう。
検証1 元気になってきたフィットネス業界
報告者:牧川優(財団法人日本健康スポーツ選出 主任研究員)
2つの回復要因
バブル経済崩壊後、フイットネス業界は、他の産業界と同様に厳しい経営環境におかれました。個人消費の冷え込みは入会者の減少と退会者の増加につながり、各クラブの収入は軒並み減少し、経営状態は悪化の一途をたどっていきました。手をこまねいて見ていては潰れるだけですから、経営改善のために様々な試行錯誤が行われました。その結果、経営が持ち直したところの成功要因は次の2点に要約されそうです。
ひとつには、まず収入をふやすことでした。すなわち、退会者数以上に入会者数を増やすことで収入増を図ったのです。入会金の割引、ナイト会員(夜間のみの利用)アクア会員(プールのみの利用)のように、利用時間や利用施設を細分化することで価格を下げ、消費者の低価格志向に対応していきました。また、結果的に選択肢を広げることにもなり、それぞれの時間と目的にあった「スポーツ」が選べるようになったのも利用者を増やした要因でした。
もうひとつは、収入増を図る一方で、収入に見合う支出構造づくりが始まり、事業内容を見直すなど、ローコスト経営の実現に向けての経営努力が行われました。この2点を実現したクラブが、業績を回復しつつあります。
顧客満足度というステップ
今や、フィットネスクラブは変わりつつあります。若い人だけではなく、中高年層の参加も目立ち、利用の目的も多様化してきました。リーズナブルな価格が設定され、入会しやすいようにメニューも豊富です。入会者を増やすという目標はどこも達成しているようです。しかし、重大な課題を抱えています。それは、多くの会員が退会するという現実です。クラブを退会すると言うことは、期待通りのサービスが得られない、効果が上がらない、クラブに馴染めなかったということです。こうした退会者を繋ぎ止めることができれば、さらなる発展の可能性を秘めているといえるでしょう。
クラブ経営は次のステップの時代に入りました。つまり、「多様化と顧客満足経営」の時代です。顧客の多様な期待を把握し、期待に添ったサービスを提供することです。特にフィットネスの初心者や高齢者に配慮したサービスを企画し、積極的に提案していくべきでしょう。これらを実現することにより、21世紀の高齢社会における「健康産業」としての基盤を作ることができます。不況を乗り切るために効率的な経営を編み出した知恵で、次には健康づくりのサービスの質を高めていくという、利用する人の満足度を効果的に向上させることが各クラブの責任になってくると思います。
検証2 なぜ歩く?ウォーキンブームを解明する
報告者:海老原修(横浜国立大学教育人間科学部 スポーツ社会学研究室)
総理府が行っている「体力・スポーツに関する世論調査」では、1991年10月の調査から、「歩け歩け運動(運動のための散歩を含む)」の名称を「ウォーキング(歩け歩け運動・散歩などを含む)」へ変更した。日本ではカタカナ語になると急に流行しだすという現象があるが、この「ウォーキングプーム」はそれほど底の浅いものではなさそうだ。
図1に総理府の「体力・スポーツ関する世論調査」とSSFの「スポーツライフに関する調査」の実施者と希望者の変動を示した。この図からわかるのは、ウォーキング人口がここ数年で急速に増加しているということだ。水泳と比較するとその伸び率はより明確になる。「水泳をしたい思いながらも、実際にしない人」が多いのに対して、ウォーキングでは「ウォーキングをしたい」と思った人の多くが即座に実行しているのだ。
ウォーキング実施者のうち総理府調査では6割強の人が、週1回以上歩くと答え、SSF調査でも8割強の人が週2回以上歩くと答えている。これを全体に換算すると総理府、SSFの調査でも共に19,9%となり、成人の約2割が定期的にウォーキングを行っていると言える。特に1994年以降の急激な伸びを見ると、次回の全国調査でウォーキング人口は30%の大台に乗りそうな勢いである。
では、なぜ「ウォーキング」に人々が殺到しはじめたのか。ここでまた総理府調査(1997年10月)を見てみよう。ウォーキングを行う理由には、「健康・体力づくりのため」(66.2%)、「楽しみ・気晴らしのため」(50.1%)、「運動不足を感じるから」(46.2%)、「友人・仲間との交流」(27.1%)などとある。ただの「散歩」が「ウォーキング」と名称を変えたことで、多くの人が「スポーツ」と捉えだしたことがこの「理由」から推察される。
しかも他のスポーツと異なり、ウォーキングは、それぞれの楽しみ方を自由に創り出せる魅力がある。たとえば歴史が好きな人は名所旧跡を訪ねながら歩く、自然の好きな人はバードウォッチングなどを楽しみながら歩けるなど、個人のニーズにあわせて「スポーツ」も楽しめるわけだ。「散歩してくる」を「ウォーキングしにいく」と言い換えるだけで、スポーツに勤しんでいると自覚できるのだから、個人の趣味が多様化しているうえに、時間や金銭的余裕に制限のない「ウォーキング」は現代人に最もマッチした「スポーツ」になったのだ。
健康ブームも手伝った。繰り返すようだが、最近まで「歩く」ということは、それ自体として運動とは見なされていなかった。しかし、エアロビクス運動の効果が期待できるなどとマスコミで盛んに紹介されたことも、「ウォーキング=スポーツ」という概念を定着させていったのである。
かつて日本でウォーキングといえば、学校体育における「歩行」であり、「集団行動」のために整列、隊列、行進などの秩序を教育するための訓練に用いられるものだった。しかし現代のウォーキングには、個人が好きな時に、誰にも強要されずにできる「自由さ」がある。
不況のさなかに「ウォーキングブーム」が到来したわけもこれでわかる。つまりウォーキングは、お金をかけずに、だれでも、すぐに始められ、「自由で楽しく面白い<スポーツ>」だから現代の日本人が飛びついたのだ。これが、一時のブームに終わらず、スポーツ・フォア・オールの中核となる国民的スポーツに発展することを願うばかりである。そのためには、ウォーキング・グッズの売れ行きばかりを追わず、このあたりできちんと、スポーツとしての「ウォーキング理論」を確立すべきではないだろうか。