テクノオーシャン'98展配布資料
21世紀の扉を開く北極海航路
−国際北極海航路開発計画INSROP−
(財)シップ・アンド・オーシャン財団
北極海航路開発調査研究委員会
北川弘光(北海道大学)
1. はじめに
北極海を経て欧州とアジアを結ぶ航路の啓開の試みは、かつて欧州列強の極東貿易への関心、機運が高まった大航海時代に遡る。その後、航路啓開への道は、海生哺乳類の捕獲、貴金属の探査、探検など極域での様々な活動によって徐々に拓かれ、北極海の地理的理解も次第に深められてきた。海の難所、喜望峰を廻航してアジアに至るインド洋航路は、やがてスエズ運河の開通によって航海の安全と大幅な短縮が図られ現在に至ってはいるが、それでもなお、現在の南廻り航路、即ちスエズ運河経由航路の僅か60程度の航程で足りる北極海航路(図・1)は、航行環境が如何に厳しくとも商業航路としての魅力は捨て難いものがあり航路啓開の誘惑から逃れられず、連綿として啓開の試みが続けられてきた。しかし、北極海の自然は過酷であり、優れた造船技術と航行支援システムの援用無しには商業航路としての啓開は難しく、近年の造船技術並びに航法の目覚しい進歩を待たねばならなかった。
過酷な自然環境故に量的にも質的にも観測密度の薄い北極海を航行するためには、先ず北極海の自然環境の把握が必要であり、次に氷海航行船舶の設計建造技術、人工衛星を主体とする氷況等の情報提供システム、並びに技術、行政、法制面での航行支援システムの確立が要件となる。諸外国に対して長く閉ざされた海域であった北極海は、ロシアのペレストロイカを契機として国際航行海域としての開放が約束され[1]、また関係技術開発の目覚しい進展を見た現在、北極海航路はアジア・欧州を最短距離で結ぶ商業航路として啓開の時を迎える準備が初めて整ったと言える。
環境問題が深刻さを増し、持続的社会像が提言される現在にあってもなお、膨大なエネルギー需要を満たすため、新たなエネルギー資源を求めて、開発は次第に開発条件の劣悪な地域、極域へと開発の手が及びつつあり、資源開発を基調とする極域の開発振興が徐々に進みつつある。特に、ロシア極域に賦存するエネルギー資源への関心が高まり、既に、バレンツ海及びサハリン周辺での石油並びに天然ガス開発が進められている。
このような極域を巡る様々な動きに配慮しつつ、今後の技術的、経済的、政治的状況を念頭に置いて、21紀における我が国のエネルギー政策及び海運動向検討に資するため、様々な視点から商業航路としての北極海航路の是非を問い、航路啓開への要件を明らかにすることが急務であるとの認識により、ノルウェー、ロシアの2ケ国による2年間の予備的調査結果を検討[2]の上、(財)シップ・アンド・オーシャン財団では、日本財団の支援を得て、1993(平成5年)から、ノルウェーのナンセン研究所(Fridtjof Nansen Institute:FNI)、及びロシアの中央船舶海洋設計研究所(Central Marine Research and Design Institute:CNIIMF)の3ケ国を中核とする国際共同研究計画、北極海航路開発研究計画(International Northern Sea Route Programme:INSROP)に着手した。
INSROPには、日本財団笹川陽平理事長を議長とする運営委員会(Steering Committee of Sponsors:SCS)を設け、3ケ国の意見を調整し基本方針を決定することとした。