これらのパラメータの多くは種々の値をとり得、本来ならばこれらの値を変えつつ多くの観測結果と比較するというtuningを行うべきであるが、本研究の範囲内では、それはまだ行っていない。但し、これらの値のほとんどは、実験や多くの文献、更には過去の計算実績から決めたものである。
予測計算は1995年7月と8月を行った。ここでは、7月1日から8日までの計算の結果を示す。計算に必要な風のデータはEuropian Centrer for Medium-range Weather Forecastsから入手した。これには6時間おきのデータが入っているので、それを線形補間して用いた。海流のデジタルデータは、種々調査したが見つけることができず、文献や既存の一部の海流データ(INSROP GIS)を参考にして、自ら作成したもよと段のため、計算は、「風のみを考慮したもの(海水は完全に静止)」、「仮定した海流が、常に一定の流れで存在し(定常流)、風は吹かないとしたもの」、「仮定した定常海流を海流の初期値として与え、海流計算による非定常な風成海流と風による応力が氷に働くとしたもの(海流との完全連成計算)」の3種を行った。その他の細部については、昨年度報告書に示した試計算と同じである。
3.2.4 計算結果と考察
1995年7月1日の、SSMIセンサによる氷密接度分布を図3.2.7(a)に示す。氷密接度は、白が1(100%)で、黒が0である。それぞれ、0.2おきの等値線も並記している。これを初期値として、氷況予測計算を行った。
図3.2.7(b)、(c)、(d)に、一週間後、すなわち7月8日00時(GMT)の観測氷況と予測氷況の比較を示す。風と海流を考慮した最も時間の掛かる計算であるが、先に述べたDEC Alpha 600MHを搭載の小型計算機にて、3.5時間でこの結果が得られた。図の(b)がSSMAの氷密接度分布、(c)が予測計算の氷密接度分布、(d)がその差の分布である。一見して、観測と予測計算結果の差に青が多い、すなわち、計算された氷密接度の方が概して大きいと言うことができる。特に、NSR側で顕著である。これについては図3.2.11以降で考察する。しかしながら、図3.2.7(a)と比べると、観測、計算とも全体としてカナダ側に氷が動いていることが分かる。この一週間の間に風向きが微妙に変わっているので、風の図や日々の水況変化の図は省略するが、それらを比べると、氷野全体はほぼ風によって動いていることが分かる。
同様の図を、海域毎に図3.2.8-10に示す。水量については、上述と同じことが言える。しかしながら、それぞれの図の(a)と比べると、風による氷の衰退が、特にチャクチ海、東シベリア海とカラ海で、計算にも現れている。
次に、計算と観測の差を、定量的に評価する。図3.2.11は、全水量に対応する氷密接度の総和の時間変化を、観測と計算で比較したものである。計算は熱による水の成長・融解を考慮していないため、殆ど一定値である。若干減少している理由はまだ詳しく調べていないが、氷盤の再分布の時の数値誤差かも知れない。それに対して観測は一週間で10%強の水量減少が見られ、明らかに熱による氷の融解を見て取れる。図は省略するが、海域1、2、3に分けた同様の図でも同じことが言え、一週間と言う短期にもかかわらず、季節によっては熱の影響が大きいことが分かる。
図3.2.12は、計算と観測による各計算格子の密接度差の絶対値(密接度の誤差)を、北極海全域に関して総和をとうたものの時間変化である。図中3つの計算は、前述の計算条件、すなわち、風のみを与えたものと、海流のみを与えたものと、風成海流も考慮した連成計算に対応する。3つ目が最も正しい計算であるはずだが、予測精度は風のみの場合と殆ど変わらない。これはオホーツク海の計算の時にも言えたことだが、氷野全体の動きには風が支配的に影響し、海流の影響は余りない。海流の影響は、非常に局所的な問題としてあらわれる。
勿論、今回与えた海流データには相当の誤差のあることが考えられるので、海流の影響についてはさらなる検討が必要である。なお、一週間予測の誤差総和が約1,500であり、図3.2.11に示した熱による水の減少量の総和が約1,000であることを考えると、今回の予測計算の誤差のかなりの部分が、熱による水の融解を考えなかったことによるものであることが推論される。従来、北極海全域の様な広範囲では、一週間予測程度では熱の影響は殆ど無いと言われていたが、少なくとも夏場は熱の影響を考慮しなければならないことが分かる。DMDFモデルは、前述の様に離散的に分布する水盤を格子で別ける際に発生すると思われる若干の数値誤差以外は、質量、運動量とも完全に保存されるモデルであるため、氷量の減少は、熱による氷の融解によるものであると言える。