第1日目 講演
「ノーマライゼーションと心のバリアフリー」
講師 須田病院副院長 広瀬 靖雄
『ノーマライゼーションと心のバリアフリー』
値(あ)ひがたき智恵子
智恵子は見えないものを見、
聞こえないものを聞く。
智恵子は行けないところへ行き、
出来ないことをする。
智恵子はうつしみの私を見ず、
私のうしろのわたしにこがる。
智恵子は苦しみの重さを今は捨てて、
限りない荒漠の美意識圏にさまよい出た。
わたしを呼ぶ声をしきりにきくが、
智恵子はもう人間界の切符を持たない。
I. 精神医療の流れからノーマライゼーションを考える
702年 大宝律令
精神病がつらい病気であり、家族が困ることが多いので、福祉的な援助が必要
例) 看護人の派遣、戸主の労役の免除
その後
・ 病人としてその行動は大目に見られる
・ 病者は恐ろしい、危険な存在とはあまり考えられていなかった
・ 家族は不幸なこととして同情されることが多かったよう
19世紀初め(文化・文政)の頃=200年前
病人を座敷牢に閉じこめてもよい=公権力による拘禁の容認
※ 江戸時代には精神障害者を、それなりに認めて虐待することなく、人足寄場や小松川狂病治療所に収容保護していた。
1900年 精神病者監護法
明治時代になって治外法権撤廃のために私宅監置を合法化するなど、保安色の濃い精神病者監護法が制定され、この状態が1950年に精神衛生法が生まれるまで続いた。
1) 精神保健法の変遷
1] 第一期:「精神障害者救済法」期
1950年の精神衛生法の成立から1965年改正に至る時期
その骨格は1]精神病院の設置を都道府県に義務づけること、2]私宅監置を廃止すること、3]精神衛生鑑定医を設けること、であった。ともかく法の許で患者を保護するという目的が第一であった。
※ 1950年精神衛生法
・ 患者の権利については何も触れていない
・ 精神障害者の生活の保障についても触れていない
○ 入院を進める為の法律<公的監置制度>