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第2分科会 「考えよう家族の在り方」

福井県 川崎 百合子

 

私の息子は、高校を卒業して浦瀬染工に入社させていただき、「今頃には珍しい真面目な青年だ」と言われ、早くからグループ長に引き上げていただき喜んで通勤していました。長男のことはこれで一安心・・・・・・と思っていた矢先交通事故が次々に起こってしまったのです。長女が頭を幾針も縫うという大きな事故に合い、その見舞の帰り私と長男が同乗し、信号待ちしている車に居眠り運転していた大きなトラックが追突してきたのです。車は大破し命があったのが不思議だと言われました。

親子3人での入院生活です。長男が長い入院生活のあとも入退院の繰り返しをしているうちに、精神的に不安定になり精神病院に入院するようになりました。私も事故の後遺症がひどく、道も真っ直に歩くことができない状態で苦しんでいる時、親戚の人達から「そんな病気のある家とはかかわりたくない・・・・・・」と冷たく突き放され、心の拠り所を失ってしまいました。「私の家だけがどうしてこんな事に・・・・・・」と眠れない日が続くようになり、頭の毛が抜けるまでになってしまいました。

長男は、長く続いた入院生活に、もう生涯病院から離れることができないのでは・・・・・・と心配していた時退院できることとなったのですが、また、同じ事を繰り返すのでは・・・・・・と手放しでは喜べませんでした。そんな不安そうな私をみて先生は、「今度金津にあすなろ工房という作業所が出来たからそこに入所させていただいたらどうか・・・・・・」と教えていただき入所の許可をいただきました。そして、初めての朝何か不安そうな様子でしたが、「帰りました!」との声、顔は今までと違っていました。「今日弁当を食べた時涙が止まらなかったよ。」と言ったのです。

今迄の長い長い不安と苦しみの暗いトンネルから光の見える処にやっと抜け出させていただいたのです。太陽の光をこんなに「ありがたい」と思ったことはありませんでした。

 

 

 

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