すなわち、セーフティ・ネットの提供が市場原理に反するとしても、それはインド社会という文脈を基盤とする政策理念に基づいていることである。政策介入の排除が経済効率を高めるものであったとしても、政策介入が社会的厚生を高める役割を果たしていた場合には、政府介入の排除=自由化には社会的厚生を配慮した補償措置が伴わなくてはならない。
政府緩衝在庫が史上最大規模に達しているにもかかわらず、農民の反発をおそれて、政府は穀物買付価格を下げることができずにいる。また膨大な貧困線以下の人々が存在するにも係わらず、財政赤字の拡大を引き起こすような配給価格を引き下げることもできないでいる。このインド農政最大の矛盾の解消が、これからのインド農業の重要な課題となるであろう。
注
1 交換分合の際に、土地の平準化(leveling)もなされた。これは灌漑の効率性を高めるための重要なインフラ事業である。
2 例えば、ビハール州における米のHYV化率は、1970年代半ばでは15%程度であり、80年代後半に漸く30%に達している。これに対して、水管理が容易な小麦については、70年代半ばに70%に達したが、その後は停滞している。因みに、パンジャブ州では小麦・米ともにHYV化は70年代半ばには90%に達していた。
3 本稿では農業部門から工業の停滞を説明したが、それは停滞の原因のひとつに過ぎない。工業停滞論争については、例えば次が詳しい。Ahluwalia I. J., Industrial Growth in India: Stagnation since the Mid-Sixties, Delhi, Oxford University Press. 1985.
4 1977/78年度の『経済白書』は、「これまで経済成長を阻害してきた食料不足や外貨不足は、もはや制約とはならない」とかなり楽観的見通しを述べている。この見通しは、現在の政府関係者で支配的な見通しでもある
5 農民運動については、Journal of Peasant Studies, Vol. 21, No. 3/4, April/July, 1994が特集を組んでいる。本稿の記述も、それに負っているところが大きい。