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成長の制約と21世紀の戦略―人口・水資源・食料生産をめぐって―

 

大阪市立大学経済学部

助教授 大野昭彦

 

1 経済発展と農業

 

1-1 「人口と食料」そして経済発展

インドの人口規模は1951年の3.63億人から1996年には9.32億人と急増しており、70年代と80年代の10年間には、わが国の人口規模(1.25億人:1995年推定)を上回る人口増加がみられた。こうした人々をいかに養うかは、経済運営の重要な課題となる。しかし「人口と食料」の問題は、その直裁的関係で論じるだけでは不充分であり、経済発展との関わりという枠組みで議論する必要がある。特にインドについては、「人口と食料」問題は開発資金の調達に深くかかわっており、それ故に経済発展の進度を大きく規定することになる。

開発途上国が離陸を果たすには、開発資金の調達が重要な政策課題となる。NIESや東南アジア諸国は直接投資や借款を通じて外国資本に依存する戦略を採用し、中国は農業搾取政策により開発資金を国内で調達した。しかし中国と同じく膨大な開発資金を必要とする重工業化路線を歩もうとしたにもかかわらず、インドでは中国型の資金調達方式はとられることはなかった。これは、インドでは農業生産活動が基本的には市場メカニズムに委ねられているためである。
別の観点からいえば、経済発展の初期段階で人民公社や産業資本の国有化などに代表されるような所有権構造そのものの制度改革を通じて資本蓄積メカニズムを構築した中国に対して、インドでは土地改革は不充分にしかなされておらず、独立前の所有構造がほぼそのまま残されている。ながらくインドの政権党の座にあった国民会議派の主要構成グループのひとつがザミンダールとしてしられる富農層であったことも、中国で採用されたような農業搾取政策を禁じ手とさせていた。事実、中央及び州政府税収において農地課税と農業所得課税の占める比率は、1950年代には7%であったものが1960年代に急減していき、1970年代では2%前後、そして1980代に入ると1%以下に低下している。

さらに、植民地支配という苦い経験から、インドは海外直接投資の受け入れも忌避した。こうした環境のもとでの工業化戦略は、インドの開発戦略に深刻な資金制約を突きつけることになった。それは対外的な外貨制約と、国内における財政制約とに分けられる。結論を先取りすれば、独立後しばらくは外貨制約が、そして現在に至ると財政制約が深刻となっている。その背景には、増加する人口を養うために採用された農業政策が深く係わっている。

 

 

 

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