連載 笑う門に福来たれ
腐っても鯛 『江戸のこばなし』 No.10
長屋の住人木落猿左衛門(きおちさるえもん)は、貧相ななりをしているくせに、態度の横柄さめが眼(め)についてどうにも感じが悪いので、ある日、大家が呼び止めて、
「貴方さまの日頃の様子を見ていると、態度の大きいのが気になって感じが悪い。なるほど、昔は二百石取りの立派なお武家さまだったかも知れないが、昔は昔、今は今、何の役にも立ちませぬ。今日からは、裏長屋の住人らしく、なんによらず控え目に振る舞いなさるがよい」
とたしなめると、浪人、恐縮して、
「ご忠告かたじけないが、拙者とても、特別横柄に振る舞うつもりはないのだが、せめてこの程度の横柄さは保たぬと、乞食(こじき)と間違えられそうな気がするのでな」
(『楽章頭』(がくたいこ) 明和九年・一七七二年刊)
● 職場を離れてもなかなか元の肩書きを離せない「シルバー族」が、周囲の目は鋭いこともどうぞお忘れなく。
● 江戸時代、町人の間で広く愛された「小咄(こばなし)」。短い話の中に人情や世相の機微を取り込みながら、おもしろおかしく結末を結ぶ。世の中ははるかに変われど、当時のこばなしは、時空を越えて現代の私たちにも粋な笑いやペーソスを届けてくれる。山住昭文氏による著作から毎回連載でお届けする。
● 「江戸のこばなし」(定価1100円) 山住 昭文著
原作の味わいを残しながら、現代の読み手にもわかりやすく手を加えた軽妙な文章の1冊。筑摩書房から好評発売中。