「当時、学校が荒れていましてね、なんとか、子供たちのあり余るエネルギーをいい方向に向けられないものかとの思いから、生徒にボランティア活動をさせたいと考えたんです。それにはまず自分がやらねばと、気ままなボランティアを老人ホームでするようになったんですが、ホームで見た寝たきりのお年寄りの姿に自分の将来が重なり、大きなショックを受けまして…。それで、教員を辞めて福祉の世界で働こうと一念発起したわけです」
通信教育で社会福祉士の資格を取得し、退職と同時に特別養護老人ホームに再就職を果たした丹下さんだが、ホームで働きはじめてから一年が過ぎたころ、お母様が脳梗塞(こうそく)で倒れてしまい、勤めを辞めざるを得なくなってしまった。
「母を看なければなりませんから、もう、外では働けない。でも、何かをやりたい。自分探しをしながら、そんな悶々とした日々を送っていた時に出会ったのが、堀田理事長の著書『再びの生きがい』でした。そして理事長の提唱される"ふれあい社会づくり"に深い感銘を受け、"私の探していたものはこれだ!"と思ったんです」
木曽川町の福祉を行政だけに任せておいてはいけない。そのためには地域の助け合いが必要だと感じた丹下さんは、早速、『木曽川町の福祉を考える会(仮称)』を発足。そして、地域の中でボランティア活動をしながら学習会を重ねていく中で、自ら団体を立ち上げようとの思いが少しずつ固まっていったという。
会が発足してから団体設立に至るまで約一年半の月日を要したが、その間に学習会は二二回、設立に向けての準備委員会も十六回開催。さらに、近隣の既設在宅福祉サー