-八丁味噌蔵-
鉛色の空を見上げるとふと思い出した。「あのおばあちやんどうしたかな」-名電豊橋のホームで発車時刻を聞いてきたあのおばあちゃん。ボクは歩きたくなくて、自分に言い訳を考えながらウロウロしていたところ。聞けば渥美半島の突端から今朝出て来て、熱田神宮までお参りに行くという。昔、白内障を患ったとか、厚いレンズのめがねの奥はハムスターのようにつぶらな瞳。よし、これで迷いが吹っ切れた。ボクは思わず手を取って電車に乗り込んだ。
御油まで同行したが無事に戻ってくれただろうか…。86歳といっていた。御油から赤阪、藤川までどうにか歩いたが、もうすぐ絶対雨が降る、と回りの空気が確信に満ちて訴えている。ボクはもう言い訳なしにこの名電で岡崎、矢作(やはぎ)橋に向かった。そして岡崎城は遠く、深い夕もやに、にぶく重く霞んでいた。