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このように一つひとつ挙げていたのでは切りがない。この小学校は単に小学校であるだけでなく、おとなのハイスクール機能を持ち、また公民館、スポーツセンター、それに社会福祉事務所の機能をも合わせ持っている。

これらの複合施設を支えているのは、学校の校長、教員のほかに、2人おかれている専門職である。一人は、コミュニティ・スクール・ディレクター、『大人のハイスクール』の主事であり、公民館の主事の役割も果たす。小学校と『大人のハイスクール』、及び社会教育的諸活動との教室のやりくりの調整とか、住民の学習活動のためにカリキュラム編成や、講師の斡旋などの援助をする専門職である。学校の教頭経験者のようなベテランが職に当たるという。

他の一人は、スクール・ソーシャル・ワーカーである。つまりソーシャル・ワーカーが学校に常駐している。その意味は、仮に一人の生徒が急に学校の成績が低下すると、担任はソーシャル・ワーカーに相談する。彼女は子供の家庭の状況を知っており、父親の失業、アルコールヘの耽溺、それにともなう夫婦の不和から、子供がぐれて非行に走り、成績不振に陥っている事を教師に告げ、対策を協議したりする。あるいは逆に教師の情報から、彼女が家庭訪問の必要に気づく事もある。この場合、父親の失業がきっかけとなってこの子の家庭に大きな病気が発生しているわけだが、これまでの制度では、失業は職業安定所、家庭の不和は家庭裁判所、アルコール依存症は病院、そして子供の学業は学校、ぐれて暴力ざたを起こせば警察というように、それぞれの局面に生まれた症状に応じて対策療法が行われるのが精一杯である。ソーシャル・ワーカーが学校に常駐することにより、多少とも総合的な対応ができるというわけである。

いわゆる学校開放との違い

この学校はさしあたっては、日本流に言えば、小学校、定時制高校、公民館、福祉事務所が同居した複合施設といえる。しかし、それだけではあるまい。私が感じたのは、わが国のコミュニティユニティ・センターは、残念ながら単なる集会所に止まっているのに対して、これこそが本来のコミュニティ・センターだという事であった。

都心過疎、山村過疎の地域では、小中学校は多くは生徒の減少に悩んで居り、学校の統廃合に進んでいる場合も多い。またそれ以外の一般の地域でも、少子化の影響で、空教室を抱えている場合が多い。同時に小中学校は、体育館やプール、グランドなどのスポーツ施設を持っている。教員も現在では児童生徒への教育活動に忙殺されているが、地域社会の貴重な資源のひとつである。学校を場として、子供と大人を含め、住民のコミュニティ活動の活性化を図る条件は、十分にあるのである。

このように言うと、うちの地域では学校開放をやっています。そんなことはとっくにやっています、といわれることが多い。だが日本各地のいわゆる学校開放は、単なる施設の利用許可でしかない。学校はあくまで学校であり、その〈本来の仕事である児童生徒の教育に差し支えない限り〉で他の利用も認める、というのがわが国の学校開放である。教師はもちろん地域社会の側でも、教育というのは教師がカリキュラムにのっとって知識を児童生徒に教えこむことだという、きわめて固定的な教育観から抜け出せないことが問題である。したがって学校の施設を、授業に差し支えない限り地域社会に開放するという程度の発想しかないからである。

わが国のいわゆる学校開放と違うのは、次の諸点である。

(1) 学校施設の地域社会への開放にとどまらず、学校そのものがコミュニティ・センターとしての機能を持ち、その諸機能の中に小学校の機能が含まれている。

(2) 学校は子供たちだけが、教員から指導を受ける場ではなく、大人も子供もともにそこで学習する場となっている。大人は学校への立入が学校側の許可を要し、父兄参観日だけにおそるおそる学校へ行く日本の学校と決定的に違う。

 

 

 

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