この個性というのは、どうも我々日本人というのは考えてみますと、横並び意識というのが非常に強いと思うのです。「あそこの家の息子がどこそこの大学に行ったから、うちの息子も同じ大学かそれと同等以上の大学にいかなきゃいけない。」だとか「あそこの町には文化センターがあるから、うちの町にないのはおかしい。うちの町にも是非それは必要だ。」というふうに考える。「世間並みに」とか「あの人がこうだから自分もこうしよう」これでは私はこれからのまちづくりというのは駄目だと思います。やはりこれからは、個性形成型のまちづくりに比重を移していかなければなりません。地域の創意工夫によって、まちづくりというものを本当に主体的に考えていくという姿勢が望まれるということだと思います。
そして創造というのは、今まで国が頭脳だ、地方は手足だ、国の言うとおり命ずるままに地方はそれを実行していればいいという考え方が、常々あったかと思うのですが、これからの時代というのは、国に「私達のまちづくりはどうしたらいいんでしょうか。」と相談してもなかなか答えてくれる訳ではない。又、先進的な事例を真似しようとしても、それは2番煎じ3番煎じの話だと私は思うのです。やはり自分達の町にあって他の町にないのは何なのか。徳島県にあって他の県にないのは何か。そのあるものを大事にしていこう、無いものを無いものねだりをするのはやめようということから私は発想して、オリジナルなものを創っていかなければならないのではないか。そのように思います。
又、自立という事については、自己責任社会ということを申し上げましたが、それと表裏体でありまして、やはり地域や県や市町村がそれぞれ自立をして、自分でやろうということで立ち上がっていかなければいけない。特に今、国・地方を通じて520兆円をも超えるというような借金を抱えている状況の中で、県民の皆さん、住民の皆さんが希望するものを全て行政の方で取りあげていくという訳には参りません。特にこの不況が長い間続いておりますし、右肩上がりの経済成長が期待できない訳であります。これからは補完生の原則という考え方、つまり地域に必要な仕事はまず地域の人が担っていく、地域でできない事は市町村が助ける、市町村が出来ない事は県が助ける、それでも出来ない事は国に助けてもらう。まず自分がやるという事を基本にしてやっていくべきではないか。このように思います。個性・創造・自立ということについて、「言うは易く行うは難し」といったところは確かにあるわけでございます。しかし、地方分権はようやく緒についたばかりでございまして、何十年も続いてきました国・地方自治体とか、住民の意識がそうたやすくすんなりと変わるはずはないのでありまして、いろんな軋轢や混乱が生じるのは当然のことであります。只、いろいろな障害を乗り越えて変えていかなければならないということを、まず冒頭に申し上げたいと思います。