この時よく観察すれば、皮膚には無数のダニやシラミがたかっていることがあるので、シシがニタうち(木ニタといって、松や栂など樹脂の多い樹木で体をこすることもある)をする“気持ち”がよく分かる。シカは焼かずに皮を剥ぐだけ。
毛焼きが終わると丁寧に洗って、大型のまないたにのせる。先ず胸のあたりから正中線に添って腹部から肛門まで切り裂く。この場合、膀胱や腸管などを破らないように細心の注意が払われる。次にワタ(腸)、ジュウズ(肝臓)・マル(心臓).フク(肺臓)等が掻き出され、さらに首と胴体が切断される。
首(ないしは肩)から上はカブと称し仕留めた者の“特賞”となる。胴体は手分けをして骨と肉に分け、さらに配分しやすいように同じ分量に切り分けられる。この分け前をタマスと言うのであるが、内から骨まで人も犬も平等に分け与えられるのが原則であった。
矢開きは「シシ咬み」と言い、残ったタマスや内蔵などを肴にして行なわれる。皮つき内の刺身、塩焼き、味噌で味つけした骨や内蔵の汁物、心臓や肝臓の刺身などみんな“焼酎ぬすど”ばかりである。中には腹に溜まった血液を生で飲む人もあったが、蛋白源の少ない山村ではかけがえのない馳走であった。
◎ワナ猟◎
現在でもそうだが、猪や鹿の総捕獲数はワナでの方が上回っている。まして弓や性能の低い火縄銃などが使われていた頃は罠の“活躍”は想像以上のものであったに違いない。
シシ罠の主要なパーツを大きく分けると、グシ・ワサ・ケイト・チリンコ等である。
グシにはユス・コヤス等粘りのある木を使う。直径四センチほどの立ち木を二メートルばかりに切り、下部は地面に刺すため鋭くとぎ、上はワサがはずれないようにY字形に残しておく。
これに輪にした丈夫な紐(かつては柿渋を塗った麻紐・現在はワイヤロープ)のワサを結びつける。そしてグシがばねになるように曲げ、獣道のウジに対して直角に仕掛ける。
それに動物がワサをくぐる時、足でワナを蹴り上げるためのケイト(蹴糸)を張り、それがグシに連動するよう、チリンコという小細工をほどこす。この場合、ワサやチリンコを除き、部品のほとんどは現地調達である。
カブ――巻き狩りで仕留めた者が、特賞としてもらう
罠猟で最も肝心なことは、ウジの見きわめと仕掛けの精巧さ、そしてウジに人の匂い等を残さないことである。山中には、それこそ縦横無尽にウジが見られる。その中から頻繁に通るウジを探し出すのは、意外と難しい。
仕掛けもケイトの張り具合ひとつで、せっかく獲物が輪の中を通ったのに、跳ね上げのタイミングが狂ってしまい、取り逃がしてしまうことが少なくない。また、罠周辺の状況もよく計算に入れておかないと、せっかく掛かった獲物が罠を切って逃げてしまうのだ。
耳目が貧弱な反面に猪は嗅覚が鋭い。そのため不自然な匂いなどがあれば、絶対にそのウジは通らない。折角罠の寸前まで来ておりながら「グスとユンぬっとった(急に引き返した)」、という話はよく聞くことである。
罠に掛かった獲物は、死んでいることもあり生きていることもあるが、いずれにしろひどいストレスのため肉質は格段に低下する。
罠猟での獲物は、すべて個人の物である。