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北海道の高市と見世物………坂入尚文

 

◎人を横道にそらす術◎

 

明日六月四日から稚内の高市が始まる。六月初旬、旭川の招魂祭を口開けに、北海道の高市は十月初旬の、年によっては初雪が降るまで休みなく続く。

生まれた時から、高市の喧騒を揺りかごとして育った家族ぐるみの生粋のテキ屋は、夏の間に三〇数場所の高市を駆け廻る。このため私の知る限り、この十年間に二人が移動中に死んでいる。ひと口に三〇数場所というが道内の高市はだいたい三日間であることを考えればおよそ百日。そのうえ移動は深夜になることも多い。これを夜乗りという。テキ屋は早く老ける。

暴力団対策法というのができてから、この日程はなお厳しくなった。

兄弟分でもある調理器啖可売。モノカナ[註1]]ヤリトリ[註2]]の爺さん。鉛筆程の番線までよじり曲げる怪力のガネ師。[註3]]満載の二トン車の、その又幌の上まで竹製品を積んで走る老夫婦。インドの仏像、アクセサリーを売る炭坑あがりのビッコの男。みんないなくなった。黒い人工皮革の白く剥げたカバーにわずかなネタを入れ、コーモリ傘一本引きずってくる男も来なくなって久しい。

男のネタはムキ[註4]]。オオトン[註5]]を持たないテキヤはこの男の他にオガミ[註6]]のババがいるが、男はいつもふらりと土場に現れた。おそらくドヤ[註7]]で作るのであろう、不思議に小さい、一辺五ミリ程のいくつかに折り畳んだ紙に数学が、これまた小さなゴム印で押してある。

男は三寸[註8]]を持たない。店はキス箱[註9]]の上に黒布を広げ、コーモリ傘は日除けであってバレ[註10]]ればバイ[註11]]をやめる。ショバはたいてい土場の隅にあって、ワンカップちびりとやりながら小声でゴラン[註12]]を相手にする。小声は戦略なのだが、戦略が普段の男をも小声にしてしまった風情であろうか。私が通ると聞き取れないかすれ声で話しかけてくる。たいてい何を言っているのか解らない。酒と日に焼けたニヤリ顔をこちらへ向ける。こちらもあいまいにニヤリとする。

人気者である男の廻りにはいつもゴランが数人たむろしていた。ゴト[註13]]がかかっていることは薄々知っている。正体不明の男の入り組んだゴトに知的な昂奮をかきたてつつ、

[テ?

1]モノカナ…金物

2]ヤリトリ…ノコギリ。板に打ち込まれた釘まで切って見せるタンカ売

3]ガネ師…針金細工師

4]ムキ…クジの一種、紙の中に数字がかくしてある

5]オオトン…自動車。特にワゴン車、トラックなど

6]オガミ…念仏。お守りにする指輪などを売る。タンカ売の一種

7]ドヤ…宿

8]三寸…祭りの露天のこと

9]キス箱…酒箱

10]バレ…主にスイバレの略。悪天、雨のこと。風はアオチ

11]バイ…商売

12]ゴラン…子供。中ゴランは中、高生。ツレゴランは親子連れ

13]ゴト…仕事。インチキの事

 

 

 

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