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東伍二十九歳の時の処女出版『日韓古史断』は、日本古代史全般を扱った近代的研究の草分けと言われている。上京の際に携えてきた草稿を整理し、表紙のデザインから挿図、図版の筆写まで自分自身でおこない、五編二十三章、五八六頁の大冊に仕上げたものである。古代朝鮮の種族と日本古代の種族は兄弟であるとする「日韓同祖論」に立って、日朝の交渉史を解明しており、史学史上の意義は大きい。刊行当時朝鮮問題が国家的関心事となっていた時流にのって、世の刮目を浴びることとなり、これによって東伍は歴史学者としての地歩を確立したといえる。

この本の出版元、冨山房店主坂本嘉治馬は、著者吉田東伍の人となりを見て置こうと、当時お茶の水にあった彼の下宿を訪ねている。あれだけの大論文を書くのだから、きっと資料や参考書が山ほどあるのだろうと考えていた坂本は、部屋に通されて唖然としてしまう。書物らしいものが何もないのである。ガランとした室内に一閑張りの机が一つおいてあるだけ。不審に思って尋ねると「自分は図書館に行って調べるから、手元に参考書はいらない」と言う。坂本が「それならば始終おいでになりますか」と間くと「なに、一日行けば十日や十五日分位の材料は得られるからね」と答えた。坂本は深く感心してこの本の出版を即断した。

翌一八九四年(明治二七)、「日清戦争」が勃発。新聞各社は競って従軍記者を現地に派遣した。東伍も従軍を志願し、大本営のあった広島に急行したが、実のところ、彼の従軍志願の真の目的は別にあった。

 

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愛用の一閑張の机とクズ入れ

 

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早稲田大学図書室

 

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大本営に提出の従軍願

 

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読売新聞に載った前線レポートの切り抜き

 

 

 

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