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建物は全体的に簡素な造りで、内部は西から10畳2室・8畳4室・台所・4.5畳等が配置され、2階は物置となる。10畳2室と中央北側の8畳は、天井が黒漆塗りの四分一押さえの鳥の子紙貼りで、廻縁・欄間鴨居・筬欄間の枠を胡粉塗りとし、古風な雰囲気がある。主室とみられる10畳2室が改造されていて、当時の様子を知ることができないが、藩主隠居所として貴重な遺構である。

3) 寺社建築

南北六筋のもっとも東端の寺町通りはその名の通り、多くの寺院が配されているが、江戸時代末の度重なる火災で多くの建物は焼失し、現在残る建物は江戸時代後期以降の建物がほとんどである。しかし、寺院の土塀と、その前面の通りや用水は往時の寺院街の町並みを今にも伝えている。これら寺院の中で善導寺や円立寺などには貴重な建物等がある。

(1) 善導寺  本堂、庫裏、霊屋等 錦町4-11

善導寺は浄土宗で、大野藩主土井家の菩提寺である。境内には、安永9年(1780)建設の土蔵造の藩主霊屋や、天明元年(1871)の庫裏、寛政4年(1792)頃の本堂が現在も残っている。本堂は、寄棟造鋼板葺で、周囲に縁をまわし、正面に向拝をつけた建ちの低い落ち着いた建物である。内部は度重なる改造により取り付けられた欄間彫刻等により、浄土宗というより、浄土真宗的な雰囲気をみせる。本堂左手後方に、十畳の数奇屋風書院の藩主の「御成りの間」がある。室内は床、書院、違棚の床構えを揃え、6寸角の柱や太い棹縁、12.4尺もある天井高など全体に豪壮さを感じさせる。なお、当時には慶長6年に大野の領主であった結城秀康の家臣で、大野城を守った家臣の土屋正明の墓がある。

(2) その他

錦町の日蓮宗の円立寺には本堂欄間に大野市の文化財となる「木造扇面透彫欄間」や岩佐又兵衛の手になるといわれる「歌仙図屏風」がある。元町の同じく日蓮宗の妙典寺には、山門前に石造多宝塔がある。この多宝塔は延宝6年(1678)の銘がある立派なものである。また横町通りの南側の徳巌寺も慶安4年(1651)、の宝???もある。一方、北端の正善町通りに面する教願寺や法蓮寺にも建立年代がそれほど古いものではないが、鐘楼門や宝形土蔵造の正面向拝に彫刻をもった建物がある。

これに対して神社も数多くあり、明治期の柳廼社は別として、古い由緒をもつ篠座神社や神明神社、日吉神社などはがある。

 

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善導寺本堂

 

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