図3に示すように、一回目に考えることは「我々は既にどれだけのことを知っているのか(どれだけのデータを得ているのか)」であり、二回目には「我々は何を知る必要があるのか(どのようなデータが不足しているのか)」であり、三回目が「じゃあ、そのために何をすべきか」を考えるのである。ホームズは只一人でこれら全部の過程をこなすわけで、それ故に天才とみなされる訳である。しかし、現在の自然科学研究においては、いかに天才であろうとも一人の研究者が単独で、関連する研究のすべてを遂行して、重要な成果を上げ得ることはまずあり得ない。特に地球環境に関連した問題・気候変動の予測に関わる海洋研究においては、それぞれの段階をそれぞれ別の研究者・研究集団が担当することになる。
JODC(海上保安庁水路部海洋情報課)や水路協会に新設された海洋情報研究センター(MIRC)のように、海洋データ・情報の収集・管理・加工・配布等を担当する機関の果たす役割は、海洋研究全体を見るならば、第一回目のパイプの段階が主要なものとなろうが、もちろん第二・第三の段階を十分に視野に入れていなければならない。ここでは、このような観点に立って、特に近年の海洋研究の進展と巨大化に伴ない、データ管理・研究者に要求されている事柄を明確にしておきたい。このことは、日本財団のご援助のもとで、日本水路協会の中に本年4月1日(正式の発足は水路協会の理事会で承認された5月28日)に設立された海洋情報研究センター(MIRC)の目的・狙いそのものでもあるので、MIRCの紹介を兼ねて次章に論じることにする。また第3章では、近い将来に起こることが懸念されている気候変動・地球温暖化問題の予測・解決を目指した地球規模の海洋研究において、新しい観測事実・新しい海洋データが、いかにその進展に果たしてきたかを、例を上げて論じておきたい。これも、今後どのような形で海洋データ・情報を扱って行くべきかに種々の示唆を与えてくれると考える。
もちろん、狭い意味での「データ管理」に議論を限定しても、ここで述べたホームズのパイプ三段階論を適用することは可能であるし、有用であろう。大量化し、多様化するデータを処理し、さらに空間的にも時間的にも高密度・高品質なデータセットとデータ・プロダクツへの要求に答えて行くためには「データ管理」を技術的な観点のみで論じることは不可能であり、データ管理そのものが高度な研究の対象となる。新設のMIRCの名称に「研究」の文字が入れられた由縁であるが、ここではこのことには余り深くは立ち入らないことにする。しかし、MIRCの持つ戦略に関連して必要なところでは、若干の考察を加えることにする。