第2章 研究の内容
2.1 流氷解析
2.1.1 既存知見の整理
(1)SAR画像に影響を与える要因
合成開口レーダ(SAR)はアクティブなマイクロ波センサであり、衛星から発信したマイクロ波パルスの流氷や海面からの後方散乱を画像化するものである。
合成開口レーダによる流氷観測では、以下の要素が影響すると考えられる。
1] 表面粗度
表面粗度は後方散乱に直接影響する。一般に粗度が大きいほど強い散乱を生じる。表面の起伏の波長がマイクロ波波長の1/2程度である場合にブラッグ散乱により強い散乱が生じる。
2] 塩分
塩分は対象物の誘電率を通して後方散乱に影響を与える。塩分が高いと誘電率が大きくなりマイクロ波の透過が減少する。その結果、表面散乱が大きくなる傾向となる。多年氷は1年氷に比べて塩分が低くなり、体積散乱が増加する傾向がある。
流氷が海水を含んでいる場合、流氷の平均誘電率が大きくなり後方散乱は増加する。
3] 温度
温度の影響は塩分ほど大きくはないものの、流氷の表面温度がブラインの体積に影響し、結果として誘電率の変化を引き起こすと考えられている。
4] オフナディア角
SARはその原理上、衛星直下の観測はできないため、斜め下向きに観測を行う。この角度をオフナディア角という。オフナディア角が小さいとパルスは海面に対して垂直に近く入射するため、相対的に鏡面散乱が大きくなり、海面のような比較的滑らかな面からの散乱が大きくなる傾向となる。逆にオフナディア角が大きいと海面からの散乱はブラッグ散乱が卓越する。オフナディア角が大きい場合、海上風が弱いと海面の散乱は弱く流氷からの散乱が卓越するが、海上風が強いと海面の散乱が大きくなり、識別が難しくなる。
5] 観測方向
SARによる観測ではマイクロ波の入射方向に対して垂直な面からの散乱は大きく、マイクロ波の入射方向に平行な方向の面からの散乱は小さくなる傾向がある。このため、特定の方向に氷丘が延びている場合などは観測方向によって画像上の見え方が変わってくる。
(2)流氷の種類と散乱の特徴
海面の状態によりマイクロ波の散乱は以下のような特徴を持つ。流氷の種類による散乱の模式図を図1に示した。
1] 海水面
波浪のない状態では、海面は粗度の小さい滑らかな平面となる。SAR画像ではこのような海面は低輝度に表現される。
海上を風が吹いて風波が発生している状態では、マイクロ波の波長と波浪の波長がブラッグ散乱の条件を満たすと非常に大きな後方散乱が生じることとなり、画像上で高輝度に表現される。