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イ 文化的事項と他の事項の境界の曖昧さ

 

文化的事項は、独立して存在している訳ではない。レンナーは、文化的事項を広義に捉えているが、文化的事項は決して自己完結的ではない。教育は確かに広義の文化的事項であり、民族の存続に重大な影響を及ぼすが、例えば、教育の重要な機関である学校の経営は各民族に委ねるとしても、そこに予算の問題が発生する。そして、限られた予算に関して、文化的事項を担当する機関とそれ以外の事項を担当する機関の間で争奪戦が発生するであろう。このように、文化的事項と他の事項を明確に区分するにはしばしば困難が生じ、それぞれを担当する機関の管轄の間に「グレー・ゾーン」が存在するのである。また、同じ文化的事項を担当しながら、異なる民族を代表する機関の間でも、対立が生ずる可能性がある。このように、文化的自治に関しては、一方で文化的事項と他の事項を管轄する機関の間で、他方で文化的事項を管轄する複数の機関の間で、調整を行う機関が必要となるであろう。しかしながら、そうした機関の設置は一層の行政上の複雑性を伴うし、さらに、特に民族間の対立が表面化した場合、民族的に中立な調整あるいは司法機関を設立することは、非常に困難なのである。

 

7 多民族性維持の問題点とその解決への展望

 

(1) 多民族性を維持する方策に伴う問題点

 

多民族性を維持し、しかも各民族間の平等性を前提とする各方策については、既述のように、それぞれに問題点が内包されている。しかし、そうした方策に共通の問題も存在する。それらは、いずれも民族性維持の方策の根底に存在する多文化主義に通ずる問題である。

 

ア 組織の複雑化

 

多民族性を維持する多文化主義的方策においては、民族や地域に対する分権化に伴う行政組織の複雑化は避け得ない点である。何故ならば、多民族国家では、地域や民族などの単位に権限を付与し、その後は、単位間の自由競争に委ねることができない。各民族の維持・発展を保障するためには、単純な多数決主義や単線的な分権化ではなく、少数派に対する何らかのセイフティ・ネットを設ける必要があるのである。こうしたセイフティ・ネットの設置は、少なくとも短期的な効率の低下を招く可能性がある。例えば、少数派に対して拒否権を与えることは、民族間の妥協達成に要する時間の長期化に繋がることがある。

他方で、民族対立の激化は、経済的に貧しい国家、より正確に言うならば、経済的に困窮化していく国家において頻発する。各民族間の資源配分における余裕が減少するに従って、民族間の意見の直接的な対決が表面化するのである。

 

 

 

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